2019年 3月 の投稿一覧

ありのままを受け入れること

 

以前、猫を飼っていました。

ピーク時は4匹。

 

その頃、

「ご家族は?」と聞かれ

「6人。人間2人に猫4人」

そう答えることがよくありました。

本気で答えてしまうのですが、

友人、知人はさておき、

見ず知らずの人はやはり概ね困惑しますね。

 

「えっ?」と苦笑い→このパターンが殆どですが、

「なるほど」としきりに頷いてみせる人、

「そうなのね」……「うん、うん」

まるで幼児を前にした時のような言葉遣いに変わる人、

「・・・・」探るように私の顔を見る人。

様々です。

 

そんな中、今でも鮮明に思い出すのは、ある公的な場所で出会った

(というか、担当してくれた)女性、

いかにも仕事の出来そうな、知的で美しい、30代半ばくらいの人です。

「ご家族構成は……」

私が書いた申請書類に目を向け、そのまま続けます。

「人間2人、猫4人……6人家族ですね」

「はい」私は答えました。「猫4人の内訳は、女性2人に男性2人」

「女性2人に男性2人」

抑揚のない声で復唱する彼女に私はいたく感動し、

ボールペンを持ったその手を、思わず握りしめたい衝動に駆られました。

肩にかかる黒髪が美しい、実に爽やかな女性だったなあ、と

猫たちの想い出とともに、今でも時々私の脳裏に蘇ります。

 

人をなにかの物差しで測ろうとすると、

そこに基準が生まれ、プラスとマイナスが生じ、

差別化がはじまります。

 

ありのままを受け入れること

普通に受け入れること、

その大切さを思います。

そこからすべてが始まっていくように思えるから……。

 

 

☆春になりましたね。花はもうすぐ盛りを迎えます。

花粉症に苦しむ人にとっては今がまさにピークでしょうか?

喉からの風邪にも注意! ですね。

いつもの鑑定テーブルでお待ちしています(@^^)/~~~

 

 

 

「アッ」と思った時にはもう遅い?

 

「アッ」と思った時にはもう遅い

こんなこと、ありませんか?

 

例えば

国民栄誉賞受賞、将棋棋士の羽生善治さん、

彼は以前、こんなことを話しています。

「駒をマス目に置いて指を離した瞬間に、

自分がとんでもない悪手を指してしまったことに気づくんです。

そういったことが、一度ならずあります」

 

一旦置いた駒は戻せません。

頭を抱え、髪をかきむしり、考えて考えて、考え抜いて指した一手、

あるいは秒読みに追われ、自分の直感を信じて指した一手が、

実は負けにつながる一手だったと、

駒を置いた瞬間に気づく――

しかしもう遅い。

「後の祭り」

「覆水盆に返らず」。

どれほど後悔しても取り消しの利かない、典型的な例ですね。

 

一方、「アッ」と思った後で取り消し、訂正、誤魔化しがきく場合もあります。

例えば、

些細なことですが、つい先日、私はある人からラインを受け取りました。

長い文面ですが、要約すると、

「都合により約束をキャンセルしたい」

そんな内容です。

「あらあら」私はその人に電話をかけようと、📞ボタンを押しました。

詳細を聞きたかったし、ラインのやり取りは歯がゆいような気がしたので。

しかし、

「るるるる」と、呼び出し音が鳴り始めた瞬間、

私は、その電話が限りなく無意味なものに思えたのです。

 

羽生さんのように崇高、かつ緻密な悟りとは超宇宙的にかけ離れていますが、

「るるるる」の音が鳴り始めた瞬間に気づく、

言い換えれば「るるるる」が聞こえるまで気づかない、

つまりリリースする瞬間まで気づけないところ、

似ていますよね?

(一方的に共通点を見出している私💦)

 

キャンセルの理由はラインに書いてあるとおり、動かしがたいことのようだし、

そもそも、詳細を聞いてどうする?

私は📞で話すことをやめました。

「わかりました」のラインを返して終わりです。

 

「アッ」

「やってしまった」

 

取り消し訂正修復が一切できないないこと、

できること、

イロイロありますね。

 

そもそも、それなら何故、最初からもっと慎重にやらないのか?

そう思いますね。当然。

でも、それが出来ないのが人間で、

だからこそ素晴らしいし、

面白いんですね☻

 

鑑定テーブルでお会いしましょう(@^^)/~~~