こんにちは、永嶋月です。

突然ですが皆さま、歴史はお好きですか?私は結構好きです。それで、コロナ禍での長い在宅時「有名武将のホロスコープってどんな感じなのかな…」ふとそんなことを考えました。私は戦国武将の中では徳川家康が好きなので、家康殿のホロスコープを見てみようと思います。

家康殿は天文11年12月26日寅の刻に愛知県岡崎で誕生。太陰暦をグレゴリオ暦に直すと1543年2月10日になります。寅の刻は午前3時から5時までですので、午前4時と考えることにします。岡崎市の緯度は34.95、経度は137.17です。

家康どのは既成概念にとらわれない「みずがめ座」

太陽星座はみずがめ座。知的で慈悲心がある。自由を愛し、人がどう思おうと関係ない。既成概念にとらわれない。「私とあなた」より「私とみんな」…グループ自体を守ろうとし、他の人の能力をグループの中で生かすのが上手。武田氏が滅びたあと、武田氏の残党を狩ることなく召し抱え、大切に扱った家康殿… さすがです。

みずがめ座の守護星は天王星。天王星は変化の星であり、専制的、革新的、進歩的な力をアシストします。一国一城の主として、後は天下人として能力を発揮できたのは天王星の働きかもしれません。

みずがめ座が不動宮の星座である他、木星、土星など重要な星が不動宮の星座にあります。「鳴くまで待とう。ホトトギス。」の家康殿らしいですね。

アセンダントはやぎ座、納得?

外見をつかさどると言われているアセンダントはやぎ座。他人からの第一印象は少々陰気な強い性格。こつこつと真面目にやる努力家だが、内側に抑えきれないエネルギーがあり、それを御しながらしっかり生きていく人間…だと周りから思われてたことでしょう。

月はいて座に。疲れをしらない冒険心!

月はいて座にあります。家康殿は人生に対して大きな興味がおありだったことでしょう。真面目な努力家ではあったけれど、その内面には疲れを知らぬ冒険心があったのですね。月がアセンダントにあるのが気になります。またこの月は火星とスクエアですので、攻撃されていますね。幼少期より母親から離され、長い人質時代を送ったのは、こういう星回りだからでしょうか。

家康どのの金運は? 運勢は?

金銭・財産・所有能力を司る2ハウスに太陽や金星、冥王星など重要な星が集まっています。家康殿の金運はおおむね良好。冥王星の影響で環境が大きく変わると同時に金運も変わっていくのですが、家康殿の場合、環境が変わるごとに運が上向いていますから、晩年にはかなり裕福だったはず。埋蔵金もどこかに眠っているのかもしれません!?

また社会的名誉や地位、使命などを司る10ハウスに木星があることにも注目したいですね。これは高位に長くとどまる幸運を暗示。政治・実業・社会・公的生活面で優れ、成功し繁栄を約束してくれる星回りです。名誉・栄光を得、人々から尊敬を集めます。経歴も素晴らしいものに… まさに天下人の星!10ハウスには土星もあります。このような素晴らしい成功は、注意深く物事を観察し、一生懸命コツコツ働き、艱難辛苦を乗り切ったからこそ得られたものであることを示唆しています。「天下餅」を「座りしままに食うは徳川」などど言われますが、本当は大変な苦労人。「天下人」たる星回りとはいえ、ひたすら努力の将軍だったのです。

太陽が味方した関ヶ原の戦い

…まだまだ色々あるのですが、この辺にいたしましょう。最後に、もう一つだけ。関ヶ原の合戦の時、トランジット(その時の)太陽と、家康殿のネイタル(生まれた時の)太陽はトライン(120度の角度)。大吉でした。石田三成率いる西軍は10万、徳川家康の東軍は7万。数で劣っていた上に、西軍より後に到着した徳川勢の配置は不利でした。それなのに関ヶ原の合戦は半日という短時間で決着。総大将の家康殿、太陽に守られていましたね!

お読みいただきありがとうございました。