「じ~ん」とくる話。お弁当どうぞの物語

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日本人ならなんとなくわかる気遣い。今日はそのお話をしますね。自分の胸に止まった出来事がありました。

なんとなく大人になって、今まで生きてきましたが衝撃を受けたことでした。

「感動とは見えないところに気づくこと」だと知りました。

今まで聞いていない見えていない部分のところの話をしますね。

お弁当の話

小学校3年生のさちこちゃんは、今日は給食がお休みだということをすっかり忘れていてお弁当を忘れてきてしまいました。クラスのみんなは楽しそうに、お弁当を食べる支度をしています。さちこちゃんは、しょんぼりしていました。

すると、学年主任が来てお弁当を差し出しました。お家のかたが来て、届けてくれたよって。さちこさんにお弁当を手渡しました。無事に、クラスのみんなとごはんを食べることができました。

さちこちゃんは家に帰って、お母さんに「お弁当全部食べたよ」と言いました。すると、「あら、お弁当?ってなんのこと」って言われます。

さて誰かが、さちこちゃんにお弁当をくれました。のちに、担任の先生のお弁当をさちこちゃんが食べたのだということに気づきます。

本当の親切ややさしさというのは、見せつけるものではなく、わからないようにすること。

子供のほうが、その本質をよく知っている

さちこちゃんがのちに、やさしさをもった人に成長する姿が見えるようです。親切は見せるものではないのです。ボランティア活動も、誰かの為と声高らかに宣言するものでなくても良いのです。

親切や思いやりは、人に見えないようにすることの方が本質的なものなのです。ひとのこころを震わす感動はここに生まれます。目に見えない部分、そうあなたの思いのなかに気づきと感動として生まれることなのですから。

小さな親切が愛をはぐくみます

いまは世界中に不安、怖い、無くなってしまうという思いがあふれているように思います。

例えば、トイレを使ったあと、綺麗にして出るとか。

見える親切ではなく、見えないこころのこころづかいをしませんか。

人の陰口をするのは、親切とは真逆のものです。

高度になると、親切がばれないようにすることが、ほんとうの思いやりです。相手に気づかれないように行うのです。

ほんのちょっとだけ意識を変えて動いてみましょう。最近あった気づきがあったら、ぜひ聞かせてほしいなって思います。物語が増えることはわたしの喜びに変わります。ありがとう。

今日はここまで

最後までお読みいただきありがとうございます。

まんまマリア

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