占い探偵ルドルフ

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友人が誕生日のお祝いにと書いてくれました。
本当にありがたいです。
この気持ちを、こう……なんだろう? わくわくするような、ありがたいっていう気持ちのような、とにかくいろいろな暖かい気持ちがないまぜになった気持ちをうまく言葉にできなくて、ちょっと困っています。
贅沢な悩み事ですよね。

さて、今日は「二兎を追うもの、一兎をも得ず」について書いてみたいと思います。
あるいは、「真実はいつもひとつ」とか?

実は、先日、占い館に来る途中ちょっと気になる親子連れを見つけたんですよね
お母さんが、男の子に「ダメだよ、二兎を追うもの一兎をも得ずだからね」と言い聞かせていて、
正直、あまりそういう風に言葉に出して言うのは珍しいなあと思ったのを覚えています。
どんな会話の拍子にその言葉が出てきたんでしょうか、ちょっとわからないんですけどこの言葉、どう思いますか?

今更この諺の説明も必要ないでしょうが、別の方向に逃げる二羽のウサギを両方とも追ってしまったら、結局、どちらも手に入らない。
転じて、欲を出して同時に二つのことをやろうとすると、結局どっちも失敗するという諺です。
これは確かに、説得力のある諺ですよね。
そうなんだろうなって、私も思います。

でも、どうでしょう?
何かひとつのことに集中してしまうって、すごい力を発揮しますが、同時にとても危険ことでもあります。
だって、その時、その人には、それしかないんですよ?
もしも、結局それでウサギを捕まえられなかったら?
ウサギを捕ることだけに集中してしまった人は、それからどうしたらいいのでしょう?
……その経験を生かして、またウサギを捕まえに行ければいいんですけど……。

何かに集中しているということは、それだけそのことに依存しているということでもあります。
だからそれがダメになってしまうと、途端に人は不安になってしまう。
自分には何もないと感じてしまう。
実は、不安に対処するわかりやすい方法のひとつは、依存するものをできるだけ多く事なんです。
足場がひとつだと、それが崩れたらその人はもう倒れるしかありません。
ですが、それが二つだったら? 三つだったら? どれか一つが崩れても、まだ残りの足場に立っていられます

だから、私はこう思います。
いいんです、二兎でも三兎でも追えば。
二兎だろうが三兎だろうが、ちゃんと追えば、それには意味があります。それは絶対です。言いきっちゃいましょう。
(もともと、二兎を追うもの一兎をも得ずって、二兎を追った結果どちらも疎かにしちゃうからなんですよね)

だから「何か目標を見つけたら、それだけしかやってはいけない」なんて、思い込まなくていい。

集中すればうまくいく人もいます。
でも、沢山のことに手を出して、失敗してきたから、新しい何かを見つける人もいる。

こうじゃなきゃいけない生き方、なんて、世の中にはないんです。

さて、私もまた年を経たことですし、二兎でも三兎でも、好きな数の兎を追いましょうか。

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