信じてるなら求めよう。そうしたら与えられるらしい。

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恥ずかしながら、最近「7つの習慣」という本を読み始めました。
って、何が恥ずかしいのかさっぱりわかりませんね。
この7つの習慣という本、自己啓発関連の本では知らない人がいないくらい有名な本で、
ビジネスマンなら必ず一度は読んでいるというほどの名著らしいんですね。
私も名前は聞いていたのですが、2400円もするし600ページもあるし、
正直「自己啓発? それって役に立つの?」という気持ちもあって、
今日に至るまで読んでこなかったんですよね。
多分、そういう人、多いんじゃないかなと思います。
御多分に漏れず、私もそういう人間でした。

と、ここまで読むと「7つの習慣」はいいぞ! みたいな話になるんじゃんないかと警戒される方もいるかもしれません。
そういう話がまるでないとは言いませんが、今日の話題はちょっとだけずれてます。

7つの習慣を読み始めて、すぐにこの本に対してひとつ誤解を持っていたことがわかりました。
それは、「この習慣をひとつかふたつつまみ食いして毎日続ければ、それで人生はよくなっていく」という誤解です。
例えば、毎日メモを取ろうとか、怒りを感じたら3秒深呼吸をしようとか。
そういう行動に関する本だと思っていたんですよね。
ところが、この本の中身は違いました。
これは、習慣の内容をひとつ紹介した方が早いかもしれませんね。

ひとつ目の習慣、それは「主体的に生きる」

七つの習慣は、「あなたの人生はすべてあなたの選択で成り立っている、それを自覚しなさい」と言ってきます。
例えば、客先で理不尽なクレームをもらったとき、落ち込んだり怒りがこみ上げてくることですら、
その事と感情の動きの間に、「あなたは自分がどう感じるのか選ぶことができる」というのです。
そして、これを習慣にしろと。
……すごく難しいことを言いますよね。
簡単にはできそうにありません。

でも、この本はそれを前提にして、二つ目の習慣を提示してきます。
「あなたの人生の目的は何ですか?」と。

正直に言います。
私は、ちょっとおもしろいなと思いました。
ここに書かれていることをそのまま実践できるかはわかりません。
ですが、ここに書かれている通りに生きることができたら、どうなるんだろう?
とは思ったわけです。
だからまずは、この眉につけた唾を拭って、ちょっとやってみようかなと思っています。

さて、実はここからが今日の本題です。
聖書にこのような言葉があります。

『求めよ、さらば与えられん』

「求める」ってどういうことなんでしょう?
「あれほしいなあ、こうなったらいいなあ」日々思うことは沢山あるかもしれません。
これって、一般の感覚では求めてますよね。
でも、全然与えられてる気がしない。……いえ、別の効果で与えられることもあるんですけど、それはまた別の機会に書くとして。
じゃあ、この言葉はただの気休め? 
うーん、ちょっと待ってください。
例えばこういうのはどうでしょう?
ちょっと小腹がすいた時、ポテトチップスがほしいと思う。→これって、ポテトチップスを求めてます。
求めるには、欲しいと思うというニュアンスがあります。
どうにも我慢できずに、コンビニエンスストアに買いに行きました。レジカウンターにポテトチップスを持っていって、
「これください」というわけです。→これも、日本語ではポテトチップスを求めるといいます。
求めるには、買うというニュアンスがあります。
厳密には、辞書には「欲しいと要求する」と意味が書かれているんですよね。

話を戻しましょう。
「七つの習慣」ちょっとおもしろいと思いました。
この本で何かを得られるなら、信じてもいいかなと。
だから読んでみているんですけど、これは求めたことなるでしょうか?
多分、違いますよね。
ここに書かれていることを、実践してみないと、この本に書かれた結果を求めたことにはならない気がします。

思うに、物事って大体そういうものなのかもしれません。
ポテチ買いたいなと思ったんですけど、コンビニエンスストアまで足を運んで、「ください」と私は言っただろうか?
そんなことを思ったわけです。

さて、まだまだ読み途中ですが、信じる者は救われるとも言いますし、
折角ですから「七つの習慣」が示す未来を求めてみましょうか。

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