未分類

出来事になんて言葉を使いましょうか

こんにちは。

心と未来の情報を提供する占い探偵ルドルフです。

今日は言葉の選び方のお話です。

最近とみに『大人の語彙力』みたいな本が増えてきましたよね。

どんな言葉を使うかで人間性が分かるところがあります。

単純にマナーの問題だけではなく、どの場面でどんな言葉を使うかで人生は変わっていきます。

て、これ、ぴんと来ないですよね。

以前「そうきたか」という呪文について書いたことがありましたが、考え方はこれに近いです。

どの本だったかな……

うろ覚えなのですが、世界ナンバー1と言われているアンソニーロビンズさんの本に書かれていたエピソードです。

仕事でどうしようもなく許しがたいことが起きたときに、

Aさんは「ちょっと困ったことになったね」といい、

Bさんは「担当を怒鳴りつけてやりたい」といったそうです。

これ、どう思いますか?

全く同じ出来事に対して、二人の言葉は全く違います。

そして、この言葉こそが、彼らにとってのその出来事の意味なんです。

Aさんにとっては、対応しなきゃいけない困ったこと、Bさんにとっては怒りが止まらない赦せないこと

どの認識が正しいということはありません。

ただ、意図的に起きたことに対する使う言葉を変えることによって、自分が受け取るその出来事に対する

印象をコントロールすることができます。

私なら「そうきたかあ……」と言ってしまうことによって、

なんだかちょっと裏をかかれたことが楽しいことのようにしてしまったり。

自分の言葉を振り返ってみるだけで、意外と自分が自分をくるめてることに気づいてしまったりするんですよね。

どの言葉を使うのが正しいとかはありません。

ただ、理想の自分が使う言葉を使えるようになったら、自然と、理想の自分に近づいていけそうですよね。

幸せの容量ってどのくらいなんでしょう?

こんにちは。

未来と心の情報を提供する、占イ探偵のルドルフです。

幸せの適量っていくつくらいなんだろう? って考えてみたことがありませんか?

ないか。ないですよね。実は私もあんまりないです。

幸せなんだから、あればあるほどいいじゃないかって思いますよね。

……思いますね。私も結構思います。

ただ、実はそれって大きな間違いみたいなんですよね。

例えば、栄養ってあるじゃないですか

一日にどのくらい摂取すればいいかって多分栄養士の方なら大体知ってる。

その栄養が足りないとまずいのはみんなわかりきってる。

栄養失調がいいことだなんて考える人はいないと思います。

じゃあ、栄養が多すぎるとどうなんでしょう? 栄養過多ってやつです。

実はこれも全然よくないらしいんですよね。ニキビや肌荒れの原因になったりする。

まあ、栄養に関していえば、どこかが過多な分どこかで不足しているのが原因ともいえるのですが。

で、なんでこんなたとえを出したかというと、

はい。そうです。実は幸せにも似たようなことが言えます。

幸せの適量の場合はどうなるかというと、

『自分がどのくらい幸せなら満足するのか、その適量を知らないと、幸せをひたすら求め続けるしかない』

つまり、一生幸せに満足できないから、一生幸せになれないってことになっちゃう。

だって、適量がないんですから、もう『ひたすら増やすしかない』

これって、お金にも物にも、実は欲という欲全てにおいていえることだったりするんですが、

自分が、どのくらい幸せだったら、「私は幸せだ」って言えるのか、

実はそれって、本当に幸せになるために結構重要な考え方なんです。

『本当に』って言葉、あまり好きではないんですけど。

天珠ラリーやってます

こんにちは、心と未来の情報を提供する占い探偵のルドルフです。

とは言っても、今日提供する情報は私が所属するハートフル占い館のお話です。

そう、これ!

https://uranai.heartf.com/index.php?Campaign

天珠ラリー! 始まってます。

ラリー! こういうの好きなんですよー。

なんというか、収集癖というか、何個も種類があるものって集めてしまいたくなるんですよね。

えーと、私が土曜日に出ている上野店はというと……

全店共通のものを除くと、

天地(てんち)天珠
【店舗:上野店、自由が丘店】
◆男女和合・百福千祥・人間関係好転◆
天に星、地に花。天と地のバランスが調和し、男女和合や人間関係も円滑になってくるといわれています。

四線虎牙(しせんとらが)天珠
【店舗:上野店、伊勢佐木町店】
◆ギャンブル必勝・強運獲得・競争勝利◆
虎牙天珠の強化版を表し、最強の魔除けであり、競争相手に勝ち、事故を退け、戦いに勝ち抜く力を授けてくれるといわれています。

この二つですね。

えーと、日曜日に出ている大久保店はというと……

大人(だいじん)天珠
【店舗:大久保店、伊勢佐木町店】
◆弱気克服・勇気旺盛・度量増大◆
弱気が消え、強い精神力が養われ、前向きの行動力が生まれる。視野が広まり、器の大きな度量が備わるといわれています。

蓮花(れんげ)天珠
【店舗:御徒町店、大久保店】
◆心身の調和と健康・心の浄化◆
『美貌の象徴。心身の調和と健康運・美容・美貌・心の浄化に良いといわれています。ダイエットにも効果的』といわれています。

この二つ。

うーん、どれもいいなあ……。

もしもお目当ての天珠があったら、事前に調べてそこのお店に行くといいかもしれません。

卍天珠とか、浅草店じゃないと手に入らないですからね。こういうレアもの、惹かれるんだよなあ。

御徒町、自由が丘でもらえる金銭鈎(きんせんこう)天珠もいいなあ。財運ですよ! 財運。

金銭鈎天珠はなんか模様が面白いのもいいですね。これ好きかもしれない。

ほんと、こういうの集めたくなっちゃうんですよね。

困った。俺自身が占い探偵だから、相談する悩み事がないぞ……。どうしよっかなあ。

姿勢がいいといいことばかりなんだそうな

腕のいいカイロプラクティックの先生に知り合う機会があって、

姿勢がどうにも気になるようになっています。

こんにちは、心と未来の情報を提供する占イ探偵のルドルフです。

今日は姿勢の話でも書こうかなと思っていたんですけど、その前に、

なんとなく、字が詰まりすぎていると読みづらいというような話を聞いて、

一行開けていくスタイルを実験しています。評判悪かったら直します。

個人的にも、なんだかこれで正しいような、落ち着かないような。不思議な感じです。

さて、姿勢の話なんですけど、姿勢が施行に影響を与えるって話、聞いたことありますか?

前回のアイアクセシングキューの話の時にちらっと書いたんですけど……覚えてないかも?

これは、実験してみるとわかりやすいです。

試しに部屋の隅っこで体育座りになって、ついでに俯きながらネガティブなことを考えてみてください。

それから、一度深呼吸でもリセットして。

今度は、手を思いっきり上に上げて、伸びをして。はい、そのままストップ!

今度はその姿勢で、ネガティブなことを考えてみてください。

どっちのほうが、ネガティブな感情が思い浮かびやすいでしょうか?

……例外はあるかもですが、あるかな? なんかこればっかりはみんな同じ結果になりそうな気がする。

まあ、それはそれとして、つまり何が言いたいかというと、姿勢は思考の方向に影響を与えます。

だから、現代人がやりがちな携帯を見て俯いている姿勢、あまりよくないんですよね。

猫背なのもそうなのですけど、思考がネガティブに寄りやすくなってしまいます。

ネガティブな考えを辞めなくちゃ! って、無理やり心にアプローチするのも悪くないと思うんですけど

それって結構難しいんですよね。心を心から無理やり変えるのって。

だから、心に姿勢からアプローチしてみるのって、結構重要です。

ほら、形から入るっていうか、なりたい自分に形からなっていく。

意外とそういうのって、馬鹿にできないんですよね。

アイアクセシングキュー

こんにちは、未来と心の情報を提供する占イ探偵のルドルフです。

今日はちょっとマメ知識のお話です。

アイ・アクセシングキューをご存知ですか?

メンタリストのDaiGoさんなどが使っていて、

一時話題になったので、ご存知の方も多いかもしれません。

アイアクセシングキューというのは、簡単にざっと説明してしまうと

人は映像を頭の中にイメージしているときには上に

音声を再生しているときは左右に

体感覚(触覚とか匂いとかですね)を追体験しているときは下に

目線がいくというサインのことで、

目の動きでその人が何をイメージしているかがわかるんですね。

結構個人差もあるので、必ずしも役に立つ知識というわけではないですが、

知っておくと何かと便利ではあります。

目は口ほどに物を言う、とも言いますが昔の格言はやっぱり侮れません。

そもそも、もともと脳の一部がむき出しになっている感覚器官が目なのだそうです。

ですので、脳に何らかの動きが起こるとき、それは目に現れやすいというのは

言われてみれば当然の話ですね。

と、ここまで読んでみて、一体それが分かって何が便利なのだろう?

と思われた方もいるかもしれません。

実は自分もそう思っていました。何に使うんだろうこの知識? みたいな。

参考までに……例えば人の嘘を見抜くときに使うそうです。

眼球が動かないということは、過去の映像や音にアクセスしていない。
       ↓
つまり、用意してきた言葉を伝えているだけだ!

というような感じ。

これだけでは何とも、という気がしますが。なるほど。参考にはなります。

さらには、映像イメージを浮かびやすくさせるために、思い出すために自分から目を上に向けてみる

という方法もあるそうです。

アイアクセシングキューを逆手に取った考え方で、これはなるほどと思います。

姿勢は思考に密接に影響しますから、目線で自分の思考を誘導するのはとても有効そうです。

これ、実はたまに自分でも試してみるんですけど、

……知ってる人からしたら、俺、ものすごくわかりやすい奴になってしまっているかもしれませんね。

占いとの付き合い方

お久しぶりです。

心と未来の情報を提供する、占イ探偵のルドルフです。

こちらで皆様のことを占いさせていただいて

早いもので一年経ちました。

これまで、沢山の方のお悩みと向き合わせていただいて

自分なりに、もっと皆様のお役に立つ方法もわかってきたかなと思っています。

さて、今日お話しするのは占いとの付き合い方についてです。

この辺、占い師さんによっていろいろな考え方があるので、

あくまで、占い探偵ルドルフの考え方、ということになりますが。

ある有名な占い師さんから聞かせていただいた話です。

その方は、これまた有名な霊視の方に師事されていたそうなのですが、

そのお師匠様から、「あなたは内臓疾患になるよ」とずっと言われていたそうなんです。

そして、案の定内臓疾患にかかってしまい、「当たった!」と思ったと同時にこう思ったそうです。

「だからなんなんだ?」と。

そうですよね。当たっても、それで誰も幸せになってなかったら、意味がない。

この場合、その霊視は「外れなくちゃ意味がない」んです。

その占い師さんは「占い師は『当たることの先』を提供する必要がある」そう仰っていました。

私もそう思います。

占イ探偵として、占い師の私が提供するのは貴方の未来と、心の情報です。

その情報を、ぜひうまく使っていただいて、貴方に幸せになっていただきたいと思っています。

……あの方、レバーとか普段から食べるようにすればよかったのかな……。

検査にこまめに行くとか? それもお金かかって大変だしなあ……。

記事タイトルだけでも考えてみるとか

毎週ブログを書こうと思っていたのに、いつの間にか億劫になってしまって……
一週間が二週間に、ひと月に、気が付いたらこんなに経ってしまいました。

お久しぶりです。

そういえば、夏休みの宿題なんかもやらなきゃやらなきゃと思いつつなかなか手を付けられなかったり。
そういう癖ってこの年になってもずーっと残っているもので、駆け込み体質はいまだに直っていません。
すぐやるって大事なんですよね。
新しく始めることでも、中途半端に手を付けたまま放置されてしまっていたことでも、とにかく、やってみないとゼロはゼロのままですから。

と、いうわけで、今回は

[すぐやる! 「行動力」を高める“科学的な”方法]
……家に本を忘れてきてしまって、画像がないのが残念ですが……。
気になった方はこのタイトルで検索してみてください。

さて、この本によると、何かを始めるには脳に入る情報を極力するのが少なくするがいいそうです。
例えば、夏休みの宿題。
山積みになった教科書、問題集がどーんっと机に置いてあったら、それだけでげんなりしてしまいます。
脳は、その山積みになった教科書を見て、やりたくないって判断するみたいなんですよね。
だから、始めようと思ったら今日やる分だけを机に置いておく。
それどころか、極端な話、一日一問だけは必ずやると決めて、最低限それだけをやる。総量とかもう考えなくていいです。だって、それを把握してしまったらもう手を付ける気になりませんから。

一日一問だけじゃ夏休み中に終わらないじゃんっていう声もあるかもしれません。
大丈夫、冷静に考えてみてください。私みたいな人は、そう決めなかったら、一日一問だってやりません(笑
ということは、決めなかった自分よりも結果だけみたら一日一問やった分だけ先に進んでるじゃないですか。
それに、人間不思議なもので、ひとつ手を付けてしまうと、なんとなく物足りなくなって、ちょっと頑張っちゃったりするんですよね。毎日頑張ろうと思っちゃうと、また億劫になってしまったりするんですけど。
でも、そうやって、何かひとつだけでも手をつけてしまうのが大事なんですよね。

これって、恋愛でも仕事でも同じことが言えます。
気になるあの子をご飯に誘ってみたい。……どうやって誘おう? 嫌われたらどうしよう? って考えたら、動くのが大変です。
いきなり全部やろうとしたら、頭の中がいっぱいいっぱいになっちゃいます。
だったら、声をかけることだけ始めてみようとか、挨拶だけしてみようとか、それだけやってみればいいんです。
それがそのうちご飯に誘うことにつながってる。

仕事でも同じです。
毎朝、今日やらなくちゃいけないことをリスト化したら、一旦もうそれは視界に入らないようにしてしまう。
それから、優先順位の高いものだけを取り出して、それに手を付ける。
総量の情報は、今やっている仕事単体には無関係です。これをやったらあれをやって……なんて考えて脳にかかる負担を減らしてしまった方が効率がいい。
あれもこれもって考えていると、却ってなかなか手を付けられなかったり、だらだらしてしまったりするんですよね。

と、いうわけで
[すぐやる! 「行動力」を高める“科学的な”方法]
とても面白かったです。
んー、何とかここに書いてあったこと、自分でも少しずつ実践していきたいんですけど……
全部やろうとしたら大変だから、とりあえず手始めに、新規投稿のページをクリックするところから始めてみましょうか。
そうしたら、気が付いたら1行2行と書かないと気がすまなくなってたりするかもしれません。

信じてるなら求めよう。そうしたら与えられるらしい。

恥ずかしながら、最近「7つの習慣」という本を読み始めました。
って、何が恥ずかしいのかさっぱりわかりませんね。
この7つの習慣という本、自己啓発関連の本では知らない人がいないくらい有名な本で、
ビジネスマンなら必ず一度は読んでいるというほどの名著らしいんですね。
私も名前は聞いていたのですが、2400円もするし600ページもあるし、
正直「自己啓発? それって役に立つの?」という気持ちもあって、
今日に至るまで読んでこなかったんですよね。
多分、そういう人、多いんじゃないかなと思います。
御多分に漏れず、私もそういう人間でした。

と、ここまで読むと「7つの習慣」はいいぞ! みたいな話になるんじゃんないかと警戒される方もいるかもしれません。
そういう話がまるでないとは言いませんが、今日の話題はちょっとだけずれてます。

7つの習慣を読み始めて、すぐにこの本に対してひとつ誤解を持っていたことがわかりました。
それは、「この習慣をひとつかふたつつまみ食いして毎日続ければ、それで人生はよくなっていく」という誤解です。
例えば、毎日メモを取ろうとか、怒りを感じたら3秒深呼吸をしようとか。
そういう行動に関する本だと思っていたんですよね。
ところが、この本の中身は違いました。
これは、習慣の内容をひとつ紹介した方が早いかもしれませんね。

ひとつ目の習慣、それは「主体的に生きる」

七つの習慣は、「あなたの人生はすべてあなたの選択で成り立っている、それを自覚しなさい」と言ってきます。
例えば、客先で理不尽なクレームをもらったとき、落ち込んだり怒りがこみ上げてくることですら、
その事と感情の動きの間に、「あなたは自分がどう感じるのか選ぶことができる」というのです。
そして、これを習慣にしろと。
……すごく難しいことを言いますよね。
簡単にはできそうにありません。

でも、この本はそれを前提にして、二つ目の習慣を提示してきます。
「あなたの人生の目的は何ですか?」と。

正直に言います。
私は、ちょっとおもしろいなと思いました。
ここに書かれていることをそのまま実践できるかはわかりません。
ですが、ここに書かれている通りに生きることができたら、どうなるんだろう?
とは思ったわけです。
だからまずは、この眉につけた唾を拭って、ちょっとやってみようかなと思っています。

さて、実はここからが今日の本題です。
聖書にこのような言葉があります。

『求めよ、さらば与えられん』

「求める」ってどういうことなんでしょう?
「あれほしいなあ、こうなったらいいなあ」日々思うことは沢山あるかもしれません。
これって、一般の感覚では求めてますよね。
でも、全然与えられてる気がしない。……いえ、別の効果で与えられることもあるんですけど、それはまた別の機会に書くとして。
じゃあ、この言葉はただの気休め? 
うーん、ちょっと待ってください。
例えばこういうのはどうでしょう?
ちょっと小腹がすいた時、ポテトチップスがほしいと思う。→これって、ポテトチップスを求めてます。
求めるには、欲しいと思うというニュアンスがあります。
どうにも我慢できずに、コンビニエンスストアに買いに行きました。レジカウンターにポテトチップスを持っていって、
「これください」というわけです。→これも、日本語ではポテトチップスを求めるといいます。
求めるには、買うというニュアンスがあります。
厳密には、辞書には「欲しいと要求する」と意味が書かれているんですよね。

話を戻しましょう。
「七つの習慣」ちょっとおもしろいと思いました。
この本で何かを得られるなら、信じてもいいかなと。
だから読んでみているんですけど、これは求めたことなるでしょうか?
多分、違いますよね。
ここに書かれていることを、実践してみないと、この本に書かれた結果を求めたことにはならない気がします。

思うに、物事って大体そういうものなのかもしれません。
ポテチ買いたいなと思ったんですけど、コンビニエンスストアまで足を運んで、「ください」と私は言っただろうか?
そんなことを思ったわけです。

さて、まだまだ読み途中ですが、信じる者は救われるとも言いますし、
折角ですから「七つの習慣」が示す未来を求めてみましょうか。

幸せになるための質問

先日、質問力に関する本を読みました。
その本には、どのような質問を自分に対して抱くことができるかが、
人生をより良くするというようなことが書かれていて、
なるほどなあと、感心しきり。

世の中を生きにくくする思い込みのひとつに、「世の中には正解がある」というものがあります。
何かで迷ったとき、あるいは二者択一を迫られら時、
どうするのが正解なんだろう? と考えてしまう思い込み。
本当は正解なんてどこにもないのに、何かが正解で何かがハズレだと無意識に思ってしまう。
だから、あるかどうかもわからない正解を解くための「式」を見つけようとしてしまう。
正解があるかもわからないのだから、それを導くための「式」なんてあるわけがないんですよね。
結果として、何も選べなくなってしまう。
選んだとしても、本当はあっちが正解だったのでは? なんて悩んでしまうことになる。
子供のころから、ずっと正解を導く練習をしてきた私たちは、だから、正解がない問いにとても弱いんです。
それは練習してきませんでしたから。

人生をよくする問いには、正解がありません。
だから、私たちは人生を良くするのは苦手なのかもしれません。

「どうやったら私の人生はより良くなりますか?」
「あなたの本当の望みはなんですか?」
人によって答えが違います。
正解はありません。
でも、正解はないと受け入れてしまえたら。
もう後は、思いついたことは全部やってみるしかない。
なるほど、好きな考え方です。
幸い、私には占術という良き相談相手もいますしね。

早速試してみることにします。
さしづめ、「貴方のお役に立つにはどうしたらいいですか?」
ゆっくり考えてみましょう。

良い本を読みました。

占い探偵ルドルフ

友人が誕生日のお祝いにと書いてくれました。
本当にありがたいです。
この気持ちを、こう……なんだろう? わくわくするような、ありがたいっていう気持ちのような、とにかくいろいろな暖かい気持ちがないまぜになった気持ちをうまく言葉にできなくて、ちょっと困っています。
贅沢な悩み事ですよね。

さて、今日は「二兎を追うもの、一兎をも得ず」について書いてみたいと思います。
あるいは、「真実はいつもひとつ」とか?

実は、先日、占い館に来る途中ちょっと気になる親子連れを見つけたんですよね
お母さんが、男の子に「ダメだよ、二兎を追うもの一兎をも得ずだからね」と言い聞かせていて、
正直、あまりそういう風に言葉に出して言うのは珍しいなあと思ったのを覚えています。
どんな会話の拍子にその言葉が出てきたんでしょうか、ちょっとわからないんですけどこの言葉、どう思いますか?

今更この諺の説明も必要ないでしょうが、別の方向に逃げる二羽のウサギを両方とも追ってしまったら、結局、どちらも手に入らない。
転じて、欲を出して同時に二つのことをやろうとすると、結局どっちも失敗するという諺です。
これは確かに、説得力のある諺ですよね。
そうなんだろうなって、私も思います。

でも、どうでしょう?
何かひとつのことに集中してしまうって、すごい力を発揮しますが、同時にとても危険ことでもあります。
だって、その時、その人には、それしかないんですよ?
もしも、結局それでウサギを捕まえられなかったら?
ウサギを捕ることだけに集中してしまった人は、それからどうしたらいいのでしょう?
……その経験を生かして、またウサギを捕まえに行ければいいんですけど……。

何かに集中しているということは、それだけそのことに依存しているということでもあります。
だからそれがダメになってしまうと、途端に人は不安になってしまう。
自分には何もないと感じてしまう。
実は、不安に対処するわかりやすい方法のひとつは、依存するものをできるだけ多く事なんです。
足場がひとつだと、それが崩れたらその人はもう倒れるしかありません。
ですが、それが二つだったら? 三つだったら? どれか一つが崩れても、まだ残りの足場に立っていられます

だから、私はこう思います。
いいんです、二兎でも三兎でも追えば。
二兎だろうが三兎だろうが、ちゃんと追えば、それには意味があります。それは絶対です。言いきっちゃいましょう。
(もともと、二兎を追うもの一兎をも得ずって、二兎を追った結果どちらも疎かにしちゃうからなんですよね)

だから「何か目標を見つけたら、それだけしかやってはいけない」なんて、思い込まなくていい。

集中すればうまくいく人もいます。
でも、沢山のことに手を出して、失敗してきたから、新しい何かを見つける人もいる。

こうじゃなきゃいけない生き方、なんて、世の中にはないんです。

さて、私もまた年を経たことですし、二兎でも三兎でも、好きな数の兎を追いましょうか。