豊かさを呼ぶ生き方

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浜松の友人宅に遊びに行って家庭菜園でとれたての野菜をいただきました。

野菜ひとつひとつが味が濃くて、ほとんど何もかけなくても美味しく食べられる。

作り手の想いと手をかけて育てられたものは、それだけの価値があるのだなと思い知らされました。

今朝起きてふと、千と千尋のアニメを思い出していました。

オープニングのやる気のない千尋と対照的なある意味欲望に素直なお父さん。

古い神社の敷地をものともせず新車で四駆のアウディを飛ばして道なき道を疾走する。

もうひとつ対照的な存在がラストでカオナシたちに手仕事を与えて手伝わせる銭婆です。

人の多い油屋から何駅も離れた田舎でスローライフを楽しんでいる。

確かに誰もがこの生活をする必要はないかもしれません。

憧れてはいるものの、なかなか忙しくて現実的には無理だよねというのが正直なところかもしれません。

糸から紡いで千尋の髪留め作ったりしていましたからね。

ただ、現実的には電車に乗っている間も暇な時間というのは何か損しているような気にさせられて、ゲームをしたりYouTubeを見たり、スケジュール帳も埋まっていないと物足りないような気分になっていたら、リア充を否定するつもりはありませんが、もしかしたらまんまと洗脳されているのかもしれませんね。

暮らしの周りには440Hzという音に満ち溢れています。

それは例えば救急車のサイレン、駅のアナウンス、巷に溢れる一般的な音楽の数々、テレビから流れるコマーシャル。

440Hzという周波数は赤ちゃんの泣き声に匹敵する普通の人間は何かしら危機感を煽られイライラする音なのだそうです。

実は一般的な音楽に使われる基音が440Hzと定められたのは戦後まもなくの1951年。

昔の基音は432Hzという、脳にも心にも心地よいと言われるバッハやモーツァルトの曲に代表される周波数だったそうです。

いつのまにか不自然な基音に変えられていた頃から、人は忙しく馬車馬のように働かないといけないように煽られてきたのではないかと感じます。

ほんの些細な時間も無駄にしないように何かをする。

これ実は豊かさから1番遠ざかっているのだそうです。せかせかした生き方というのは、要は貧乏性なのですね。

朝のドラマを見ている階下に住む家族のテレビから、子役の声で『働かざるもの食うべからず』というセリフが聞こえてきました。

本当は全く逆なんですよね。

本当はあくせくせず、ゆったり生きた方が何倍も豊かに生きられます。

生命のあるなしに関わらず、地球上に存在するどんな存在も周波数という波を持つのだそうです。

今日はちょっとあなたのチャンネルを少しスローに変えてみましょう。行動をゆっくりしてみましょう。

きっと見える世界が変わること間違いないですよ。

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