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不幸の『呪文』

明日から新年度ですね。誰もが期待と不安で心引き締まる時期かと思います。今年は時代の流れから個人単位で大きく変化する年でもあります。その変化に揺さぶられないように強い自分でいる方法をお伝えできればと思います。

占いの鑑定だけでなく人間関係においても様々な方から、お話を伺う機会があります。その中でネガティブなことしか言わない方がいらっしゃいます。人間ですから愚痴を言っても良いし、不満を吐露することもあるでしょう。しかし、永遠とそれしか口から出ないとなると話は変わってきます。ネガティブでマイナスなことばかり言うことを『不幸の呪文』と私は呼んでいるのですが、まさに良くないことを自分から招いている行為の一つでもあります。

以前「『幸福』の一歩」というブログにも書いたのですが、言葉には魂が宿ります。使う言葉が自分自身を形成していきます。汚い言葉ばかり使えば心も汚れますし、人を傷つける言葉は己の心をも傷つけていきます。曇った心で幸せが見えますか?攻撃的な気持ちで優しく人を包み込めますか?しばらく前から言霊実験と称してお米にプラスの言葉とマイナスの言葉をそれぞれかけ続けるという実験がありましたよね。マイナスの言葉をかけ続けると、みるみる黒ずみ腐敗したのに対しプラスの言葉をかけ続けたほうは少し変色した程度に留まったそうです。

人に限らず何においてもプラスな言葉は生命力を与え、力を与えます。ポジティブというと明るく前向きだという印象があるかと思いますが中には「楽観視・何も考えていない」という捉え方をされている人もいます。それはポジティブとは違いますから別物です。似て非なるものです。前を向ける人というのは、問題や悩みを乗り越えて前進できる人を言います。

全員に訪れる新生活、そこで「妬み、僻み、嫉み」を口にするより如何に「優しく、親切、丁寧」な言葉を口に出来るかを意識してみてください。そのプラスの言葉が自分自身の心を強くしてくれます。自分にも言い聞かせる気持ちでブログを書きました。頑張ります!

『相性が良い』利点と欠点

恋愛においても家族、職場、友人など人間関係においても相性が良いか占いで鑑定することが多々あります。もちろん自分が好いている相手と『相性が良い』と聞くと嬉しいですよね。では、そもそも相性って何なのか?

相性とは辞書だと「よく合うこと」だそうです。人間関係でいうと性格や性質、好みなど色んなジャンルで自分と近しい人を示すのかなと思います。さらに磁石のように引き寄せあったり惹かれあうことだったりもします。好きな人、関わる人と相性が良いことは、より心が通いやすく深まりやすいですから、そういったところが利点かと思います。どんなことでも言えますが利点があるということは必ず欠点があります。物事には良いこと悪いこと、陰と陽、明と暗など必ず対局のものも付随します。

では、欠点とは何なのか?恋愛に限ったことではないですが相手の人間性に疑問を持っても相性が良いと「離れにくい」性質があるように思います。恋愛だと「なかなか別れられない」とか「別れて付き合ってを繰り返す」といような状態の方が多く見受けられます。友人関係で良くない状態でも離れられずズルズルと断ち切れない方も多くいらっしゃいました。つまり、相性が良いということは利点だけではないということです。

相性が合っていない方でも一生を添い遂げていたり、長く続いている方々もいらっしゃいます。つまり根本的なところは『人としてどうか』というところのように思います。相性を見ることも大切ですが相手がどんな人間性なのか?ということも併せて占いの鑑定でみてもらうこともおススメします。ご参考まで♪

ワクワクもハラハラも『みんな一緒』

4月は誰しもが迎える『新生活』です。新たに芽吹く暖かい季節は、ワクワクしたりドキドキしますよね。それと同時に人それぞれに形や大きさの違う不安や心配も抱えていらっしゃると思います。

楽しみより不安が大きいと周りが眩しく輝いて見えたり余裕があるように見えて、より一層不安が増してしまうこともあるかと思います。でも、実際は『ほぼ、みんな一緒』なんです。大なり小なり誰もが不安を持っているし、心配しています。ただ、人それぞれに不安の形が違ったり見え方が違っているだけなんです。

だから、どうか「自分だけ・・・」なんて思わないでくださいね。大丈夫。

素敵な新生活、皆様が自分らしく輝けますよう願っております。

『幸運』の一歩

開運、幸運になるための行動など日ごろから伝えている私ですが、一番大切で一番簡単にできることを今回はお伝えします。それは美しい『言葉』を使うことです。

「え?そんなこと?」と言われてしまいそうですね。でも、これは本当です。そして、これをきちんと実践できている人がどれくらいいるかということです。『言葉には魂が宿る』というくらい使う言葉によって自分自身が形成されていきます。

では、美しい言葉とは何なのか。それは『想いやる言葉』であるかどうかです。よく「論破する」という言葉を聞きますが、これは少し強すぎる論じ方かなぁと感じました。自分の知識で相手が黙るまで畳みかける印象があります。お仕事の場面では多少あるのかもしれませんが、実生活において不要なように感じます。言葉は自分のことを伝える手段であり相手を知る手段でもあります。そしてキャッチボールのようなものです。剛速球で一方的にぶつけるものでは、ありません。

優しく、思いやりを持って相手が受け止めやすいように言葉を投げてあげられると自然と美しい言葉になるはずです。開運、幸運のために是非お試しください。私も気を付けて実践中です。

繊細≠弱い

繊細って言われると『弱々しい』というイメージが付きまとうと思いますが、実は弱いとは少し違います。辞書では『ほそく小さいこと。ほっそりして優美なこと』と書かれており、何だか可愛らしい印象です。でも、実際は『か弱い』とか『気にしすぎ』のような意味で使われることが多いように思います。では、本当はどういった意味合いで使うのか。

『繊細』とは、情報や状況を察知するアンテナが普通よりも多いということなんです。つまり、色んな情報を人より多くキャッチする能力が高いということなんです。だから目も配れたり気も配れたりするんですね。ですから、自分の『繊細』な力を利用してコントロールできたら、むしろ『強い』能力だと思います。ただコントロール出来なかったり、キャパシティを超えた膨大な情報量を受け止めると苦しくなってしまう欠点はあります。

『繊細』であることを強みにするためにコントロールや情報の精査は必須となりますが、これを身に着けると自分自身を守ることができるようになるし、身近な大切な人も守れるようになります。私自身も無自覚ながら類まれなる繊細な手相を持っておりますが、気づけること誰よりも先に察知できることを強みだと認識して日々過ごしています。どんな性質や能力にも良し悪しがありますが、自分自身の味方につけて良い方に転がるようコントロール出来れば自分の力になってくれます。自分の性質を受け入れて上手く活用していきましょう!

エンジェルナンバー333

昨年、子供の希望で旅行に行くことになり方角を見ると子供は『最大吉方』夫は『吉方』私は『月命殺』でした。10年以上、凶方位に遠出したり旅行に行ったことがなかったので少しドキドキしたのですが、厄除け等をして出かけました。やはり行きしなに小さなトラブルなどに見舞われましたが、とても楽しい時間を満喫することが出来ました。

それでも、まだ心配性な私は『大丈夫かな?』と心のどこかでくすぶっていました。家族を巻き込まないと良いけど・・・と思いながらホテルへチェックイン。そこで部屋のカードキーが入った封をみたら部屋の番号が『333』だったんです。『あぁ、守られている・・・』と心がホロっと緩まる瞬間でした。

3桁のゾロ目の番号をエンジェルナンバーと言います。以前、占いハートフルの神咲ひなた先生の動画を拝見した時にエンジェルナンバーのお話をされていたのを覚えており『333』は守護霊様から守られているから安心してね!というものでした。心配性な私を案じて守って下さる方が伝えて下さったんだな・・・と思い感謝の気持ちが溢れました。そこからは何も心配せず、思いっきり楽しめたので最高の旅行となりました。

このように自然に、さり気なくメッセージを下さいます。有難いですね、感謝です。みなさんにも、こういったメッセージが知らず知らず届いているかもしれません。ぜひ、受け取って心豊かに楽しんで参りましょう。

本当の『強さ』

私は占い師になり、とてもお客様に恵まれ素敵な出会い頂戴しております。とても優しく、心豊かで、頑張り屋さんが多く私自身、お客様から刺激を沢山頂いています。それと同時に頑張りすぎて疲れすぎている方々でもあるように思います。『自分だけ辛いなんて言えない』『みんな頑張っているから』など人を想い自分を鼓舞されていて素晴らしい価値観なのですが、誰しも頑張れる限界があります。

自分の疲れや辛さを、どうか人と比べないでほしいのです。周りを見渡し、世の中の基準を把握することは大切ですが自分が辛いと感じたら辛いんです。弱い自分が嫌ですか?辛いと感じる自分がダメですか?自分の良いところと悪いところは表裏一体で完璧な人などいないのです。だから大丈夫。弱さも脆さも愛しき人間らしさなのです。

誰かと比べる必要はなくフォーカスするべきは自分の踏みしめる一歩にあります。本当の『強さ』とは他者と心の耐久性を比べることではなく、自分自身で1つ1つ問題を乗り越えることにあります。今、乗り越えられなかったら休憩したら良いんです。山登りのように疲れたら腰をかけて景色を眺めて癒されたり、乾いた喉を潤したり、上ることに一生懸命で見ていなかった所を見直したって良いんです。大丈夫、人を労わるように自分も大事にしてくださいね。

気をつけるべきは『焦っている時』

ものごとを判断する時、誤ってしまうことがあります。それは『焦って決断する時』がとても多いようです。大事なことを判断しなくてはいけない時、出来ることなら立ち止まる時間を持つことをおススメしています。あわてんぼう日本代表を自称している私ですが、そそっかしいからこそ落ち着いて決めることを心がけております。

人生は選択の連続で焦ることも多分にあります。しかし、焦ると自分の気持ちや価値観を無視して周囲を安心させるレベルの決断に至ることが多いように思います。『焦る』理由に『安心したい』という思いが付属しています。その結果を求めすぎて世の中の平均や世の中の何となくで判断してしまうようです。それが悪いことではないのですが、本当にその決断で良いか立ち止まる勇気も必要に思います。そうすれば、自ずと自責で考え行動できるようになると思います。

私自身も時間に追われると焦りますし、葛藤が渦巻くことも多々あります。でも、そういう時こそ『自分がどうなりたいか』『どう進めたらよいか』を意識的に時間をかけて計画するようにしています。しっかり考えて失敗したり間違えた時は自分自身が納得できたり、軌道修正がスムーズにいくように思います。焦った時こそ深呼吸をして落ち着くことを心がけてみてくださいね。

涙は浄化

『浄化』と聞くと日常とは違う洗練されたことをするようなイメージがあるようです。しかし、そんなことはなくて日常で誰でもできるものも沢山あります。その一つに『涙を流す』ことも浄化の一つです。

泣くことを良くないとする風潮がありますが、時と場合はあれど泣くことは人に備わった大切な能力なんです。怒りであっても、悲しさであっても、感動であっても自分の琴線に触れた時、コントロールが効かず零れた涙は自分の気持ちを洗い流してくれます。

私が最近一人でコソっと泣いたのは子供の運動会の動画を見た時。涙の理由は、かけっこで一番だったから?違います。ダンスが上手に踊れたから?違います。障害物競争の一つに鉄棒があって、子供が苦手な逆上がりに挑戦した時です。失敗したんです。でも、誰も自分が出来ないことを挑戦しないような舞台で勇気をもってチャレンジしたんです。その逞しい精神や強い心に胸を打たれたんです。その場では、やはり人目もあり泣くことは出来なかったのですが一人になって子供の立ち向かう姿をじっくり見直してボロボロと涙が止まらなくなりました。こんなに小さな体で全力で頑張る姿に『私もこんな風に一途に突き進みたい』と恐れや不安、二の足を踏んでいる思いを洗い流してくれた気がします。

心が詰まったり苦しくなった時は、その時の動画を見て涙を流して『よし!頑張ろう!』という気持ちになります。浄化するため、あえて涙を流しているかもしれません。音楽や映画でも良いんです。自分の心を揺さぶるもので。涙で強さは測れませんから大丈夫です。自分の心に正直になれる場所で、ぜひ浄化してみてくださいね。

ライバルは自分

私は9歳から武道を嗜み大人になってからも携わらせて頂いております。そういった経緯で高校生の指導に赴いた時、生徒の話を私が何でも聞くという時間がありました。競技のこと、モチベーションやメンタルのこと、自分自身の悩みなど色んなことを聞いて答えていたのですが、ある生徒が『ベルさんのライバルは誰ですか?』と聞いてきました。私は『自分だよ』と答えました。『誰かや結果にとらわれると、誰かに勝った時や結果を得たら目的や目標を失ってしまうからね。毎日自分を更新する気持ちでいればメンタルもブレないし、自分も向上するし、何かに惑わされることもない。これは競技だけではなく、人生において言えることだよ』と、文章以上にもっと嚙み砕いて伝えました。

高校生の子供たちは『なるほど!』と目をキラキラさせて頷いてくれていました。成長に大きなジャンプアップなんてなくても、一歩一歩自分を乗り越えた先に確実な成長があります。お互いに高めあうライバル関係も、もちろん素晴らしいし『全国制覇』など目標を掲げることも素敵なことです。その根底にあると良いのがブレない精神、モチベーションの維持だと思うので昨日より今日の自分、今日より明日の自分が1mmでも成長することを目指すと意思も強固となります。さらに『勝って兜の緒を締めよ』ではないですが、勝ったからと驕ることもなく、謙虚な気持ちも維持できると思っています。

この精神は昔から変わらず占い師になった今でも持ち続けている自分のモットーでもあります。

なぜ、このブログを書いたか?夢でみて思い出したからです。懐かしい気持ちになりました。