『この恋は甘い地獄』第11話 二人だけの世界が現実を曖昧にする

彼も、私との時間を選んでくれる

期待に応えてくれているのか、それとも本心なのか

最近、彼は以前よりもはっきりと
「一緒に過ごす時間」を作ってくれるようになりました。

仕事の合間だけじゃなく、
週末に時間を空けてくれたり、
泊まりがけで出かける予定を立ててくれたり。

それが
期待に応えようとしてくれているのか、
それとも本当に一緒にいたいと思ってくれているのか。

考えても、答えはわからないけど。
少なくとも
選ばれている時間がある
その事実が、私を安心させていました。

予定を共有するだけで、心が浮き立つ

旅行の日程を決めて、
宿を探して、
どこに行くかを話す。

それだけのことなのに、
胸の奥が少し弾む。

まるで、
普通の恋人同士みたいだと感じてしまう自分がいました。


夫婦に見られることが、嬉しい

誰にも気づかれない、でも確かにそこにある幸福

旅先では、
誰も私たちの事情を知りません。

隣を歩けば、
自然に夫婦やカップルだと思われる。

お店で二人分の食事を頼み、
同じ部屋に泊まり、
同じ朝を迎える。

その空間の中では、
私たちは「いけない関係」ではありませんでした。

その視線が、心を満たしてしまう

誰かに
「奥さんですか?」
と聞かれるわけでもない。

でも、
そう見られている気がするだけで、
心が満たされていく。

それを嬉しいと感じてしまう自分を、
止めることができませんでした。


一緒にいる間だけ、世界が完結する

現実を忘れてしまうほどの安心感

彼と一緒にいる時間は、
驚くほど穏やかでした。

疑うことも、
不安になることも、
未来を考えることもない。

ただ、
今この瞬間だけが続けばいい。

そんなふうに思えてしまうほど、
心が静かに満たされていきます。

「幸せだ」と、はっきり思ってしまう

いけないことだと、
ちゃんとわかっています。

正しくない関係だとも、
理解しています。

それでも、
一緒にいる時間と空間は、
私にとって
世界で一番幸せだ
そう思えてしまうのです。


幸せが深いほど、戻れなくなる

この時間が、永遠じゃないことも知っている

週末が終われば、
それぞれの現実に戻る。

そのことも、
もちろんわかっています。

でも、
わかっていることと、
受け入れられることは、別でした。

幸せを知ってしまった代償

こんな時間を知ってしまったら、
もう、
何もなかった頃には戻れない。

幸せが深くなるほど、
失う怖さも増えていく。

それでも私は、
この関係を手放す勇気を
まだ、持てずにいました。


次回予告

次回は、
「幸せの裏で、静かに増えていく不安」

一緒に過ごせば過ごすほど、
見えなくなっていた現実が、
少しずつ顔を出し始めます――

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』第10話 もう戻れない場所に立っていた

「家庭は壊さない」という言葉に、しがみつく

彼には、奥さんがいる

その事実は、最初から変わっていません。
わかっていて、始めた関係です。

だから、
「家庭を壊すつもりはない」
その言葉を、何度も心の中で繰り返していました。

それは理性というより、
自分を保つための言い訳だったのかもしれません。

奥さんは「女性」じゃないと思いたい

彼が話す奥さんの存在を、
いつの間にか、
**「妻」ではなく「家族」**として受け取るようになっていました。

もう恋愛感情はない。
女としては見ていない。
一緒に暮らしているだけ。

そう思えたほうが、
自分の立場が、少しだけ安全になるからです。


「愛されているのは私」だと思いたくなる

彼の優しさが、判断を鈍らせる

彼の言葉も、触れ方も、目線も、優しい。

その一つ一つが、
「選ばれているのは私だ」
そう思わせるには、十分すぎました。

比べるつもりなんてなかったのに、
いつの間にか、
自分のほうが“女性として愛されている”
そう信じたくなっていました。

奥さんとは、体では繋がっていないと信じたい

会えない夜、
ふと浮かぶ想像を、必死に打ち消します。

奥さんと、どんな距離なのか。
同じベッドで眠っているのか。
触れているのか。

考えたくない。
だから、
「もう、そういう関係じゃないはず」
と、自分に言い聞かせる。

真実かどうかより、
そうであってほしいという願いでした。


バレたら困る。でも、やめられない

現実的な恐怖は、ちゃんとある

軽率なことはできない。
痕跡は残さない。
誰にも気づかれないように。

その意識は、ちゃんとあります。

失うものがあることも、
壊してはいけないものがあることも、
理解しているつもりでした。

それでも、欲望は理性をすり抜ける

でも、
彼からの連絡を待つ時間。
会えない日の長さ。

その一つ一つが、
理性を少しずつ削っていきました。

「ダメだ」と思うほど、
「会いたい」が強くなる。

欲望は、
叫ばない。
暴れない。

ただ静かに、
確実に、
判断力を壊していくのです。


ハマっていると、わかってしまった瞬間

自分でも、止められないと気づく

これは恋なのか、
依存なのか、
それとも、ただの逃げ場なのか。

もう、はっきりとはわかりません。

ただ一つ、
確かなことがあります。

私はもう、
この関係に
深く、ハマってしまっている

地獄だとわかっていて、抜けられない

家庭は壊さない。
バレたら困る。
正しくない。

すべて、わかっています。

それでも、
彼に愛されていると思いたい自分を、
止めることができない。

ここが地獄の入り口だと、
はっきりわかっているのに。

もう、
戻れない場所に立っていました。


次回予告

次回は、
**「幸せが深くなるほど、不安も育っていく」**

一緒に過ごした時間が増えたことで、
見ないふりをしていた現実が、
少しずつ輪郭を持ちはじめます。

満たされているはずなのに、
なぜか安心できない。

この幸福が、
いつまで続くのかを考えてしまうーー

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』 第9話 甘さが、ゆっくりと毒に変わる

これは恋じゃない、と何度も言い聞かせた

最初は、
自分に言い訳ができていました。

好きになったわけじゃない。
ただ、気持ちが揺れただけ。
たまたま、タイミングが重なっただけ。

そうやって整理しようとすればするほど、
心の中で何かが濁っていくのを感じていました。


日常が、静かに壊れていく

何もない顔で、普通の生活をする

翌日も、
私はいつも通り起きて、
いつも通り仕事に行きました。

誰にも気づかれないように。
何もなかった顔で。

でも、
頭の中だけが追いついていませんでした。

彼の声、
昨夜の空気、
触れた温度。

それが、日常の隙間から何度も顔を出します。

「戻れる場所」は、もうない

一線を越えたことで、
戻れる場所がひとつ減った。

元の関係には戻れない。
でも、先が約束されているわけでもない。

その宙ぶらりんな感覚が、
胸の奥に重く残ります。


連絡を待つ自分が、醜く感じる

既読がつくまで、何度も画面を見る

連絡をしないと決めたはずなのに、
スマホを手放せません。

既読がついたかな。
返信はまだかな。

そんな自分が嫌で、
でも、やめられない。

待っている自分の姿が、
どこかみじめで、
それでも目を逸らせませんでした。

主導権が、少しずつ彼に移っていく

気づけば、
会うタイミングも、
連絡の間隔も、
彼のペースになっていました。

「今日は無理」
その一言に振り回され、
「今なら会える」に全力で応えようとする。

こんなはずじゃなかったのに、
そう思いながらも、
もう抜け出せない場所に立っていました。


不倫は、甘い地獄だと知る

気持ちがあるほど、苦しくなる

嬉しいはずの時間が、
終わった瞬間から苦しさに変わります。

一緒にいた余韻と、
現実に戻る痛み。

その落差が、
回を重ねるごとに大きくなっていきました。

「やめたい」と「離れたくない」が同時にある

やめたほうがいい。
終わらせるべき。

頭では、もう答えが出ているのに、
心だけがついてこない。

この関係は、
自分を幸せにしないとわかっているのに。

それでも、
彼からの連絡ひとつで、
全部どうでもよくなってしまう。


次回予告

次回は、
「不安」と「執着」がはっきり形になる瞬間

愛されているかを確かめたくなる気持ち、
束縛とも言えない小さな嫉妬、
自分でも驚くほどの感情の揺れー

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』 第8話 理性と感情が噛み合わない

会わない時間が、気持ちを整理してくれると思っていた

一度距離を置けば、
自然と落ち着くと思っていました。

会わなければ、
気持ちは少しずつ薄れていくはずだと。

でも実際は、
会わない時間のほうが、
彼の存在ははっきりと浮かび上がってきました。


考えるほど、会いたくなる

何をしていても、思考が戻ってしまう

仕事に集中していても、
テレビを見ていても、
ふとした瞬間に思い出してしまう。

「今、何してるんだろう」
「今日は連絡こないのかな」

考えないようにしているのに、
気づけばまた同じところに戻っている自分。

時間が、感情を育ててしまう

考える時間が長くなるほど、
会いたい気持ちも強くなっていきます。

冷静になるための時間のはずなのに、
感情だけが静かに膨らんでいく。

理性と感情が、
少しずつズレ始めているのを感じている。


突然のメッセージが、迷いを壊す

「今から行っていい?」

その日は、
もう今日は何も起きないと思っていました。

家で静かに過ごしていた時、
スマホが震えました。

「今から行っていい?」

短いその一文に、
胸の奥が一気にざわつきました。

もう、家の近くまで来ているという現実

返事を迷っている間に、
続けて届いたメッセージ。

「もう、そっちの近くまで来てる」

考える余裕は、ほとんどありませんでした。
断る理由も、
自分を納得させる言葉も見つからない。


理性より先に、感情が動いてしまう

「少しだけ」という言葉にすがる

少し話すだけ。
顔を見るだけ。

そう言い聞かせながら、
心はもう答えを出していました。

理性はブレーキを踏もうとしているのに、
感情はもうアクセルを踏んでいる。

静かに、後戻りできない場所へ

この時、はっきりとわかっていました。

これは偶然じゃない。
衝動だけでもない。

会わない時間が積み重なって、
どうしようもなくなった結果なんだと。

静かに、
でも確実に、
何かが次の段階へ進み始めていました。


次回予告

次回は、
会ってしまった夜の、その先

抑えていた感情がほどけていく瞬間と、
自分でも予想していなかった心の動きーー

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』第7話 静かに熱を帯びていくもの

終電がなくなった夜

時計を見たら、
終電の時間はもう過ぎていました。

「間に合わなかったね」
彼がそう言って、
私はただ小さくうなずきました。

慌てるほどでもなく、
ただ事実を確認しただけ。

それなのに、
胸の奥では、
さっきまでとは違う鼓動が続いていました。

もう戻れない時間に、
足を踏み入れてしまったような感覚です。


タクシーの中で、ゆっくり現実に戻る

タクシーの後部座席にひとりで座ると、
さっきまでの空気が、少しずつ遠のいていきました。

窓の外に流れる夜の街を眺めながら、
「何をしているんだろう」
そんな言葉が、頭の中をよぎる。

楽しかった。
確かに、心から。

でも同時に、
この気持ちをそのまま受け取っていいのか、
少しだけ迷いもありました。

高揚感と、
ほんのわずかな罪悪感。
その二つが、静かに混ざり合っていました。


眠れない夜と、落ち着かない気持ち

家に帰ってからも、
なかなか眠れませんでした。

布団に入って、
目を閉じて、
それでも頭の中には彼の顔が浮かびます。

特別な言葉を交わしたわけでもないのに、
なぜか心が落ち着かない。

スマホを手に取っては置いて、
また手に取って。

自分でも気づかないうちに、
彼からの連絡を待っていました。


翌朝のメッセージ

朝、目が覚めてスマホを見ると、
彼からメッセージが届いていました。

「昨日はありがとう。ちゃんと帰れた?」

たった一文。

「うん、大丈夫だよ」
そう返しながら、
口元が少し緩んでいるのがわかりました。

あの夜の出来事が、
現実だったと、
改めて実感した瞬間でした。


何もなかった顔で過ごす、いつもの日常

仕事に行き、
いつも通りの一日を過ごしました。

昨日までと同じ私。
同じ時間。
同じ会話。

でも心の奥では、
確実に何かが変わっていました。

彼の名前が浮かぶたびに、
少しだけ息が深くなって、
気持ちが緩む。

それが、
自分でも驚くほど自然だったのです。


切れてしまった糸は、もう戻らない

一線は、もう越えてしまいました。
あの夜、はっきりと。

それなのに、
感情は荒れ狂うこともなく、
静かに、でも確実に熱を帯びていきました。

もう、
同窓会で偶然再会しただけの関係には戻れません。

張り詰めていた糸は、
音もなく切れていて、
気づいたときには、
元の場所には戻れなくなっていました。

この気持ちがどこへ向かうのかは、
まだわかりません。

ただ一つだけ、
はっきりしていることがあります。

もう簡単には、手放せない感情が生まれてしまった。
それだけは、確かでした。


次回予告:第8話

次回は、
「これで終わりにしよう」と思いながら、
なぜか続いてしまうやり取りについて。

理性と感情が、
少しずつ噛み合わなくなっていく日々。
静かに、でも確実に深まっていく関係ーー

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』第6話 境目が消えたあの夜

一線を越えたのは、計画でも覚悟でもなかった

ふと空いた“ぽっかりとした時間”

その日は、たまたま仕事が早く終わった日でした。
家にまっすぐ帰る気になれなくて、
なんとなくカフェで時間をつぶしていたら、
彼からメッセージが届きました。

──「今どこ?」──

たったそれだけの言葉なのに、
胸の奥が一瞬でざわつくのだから、
この頃にはもう自分でも気づいていたんだと思います。
“会いたいんだな”って。
そして、“会いたいと思っている自分もいる”ことにも。


なんの抵抗もなく「いるよ」と送った

本当は少し悩みました。
でも、悩んだ時間は驚くほど短くて。

気づけば、
「近くにいるよ」
と返していました。

この返事をした瞬間、
もう何かが少し動いてしまった予感がありました。


軽く食事するだけのつもりだった

合流して、いつものように軽く食事をしました。
会話もいつも通り。
冗談を言い合ったり、仕事の愚痴を聞き合ったり。

なのに、
どこかいつもと違う“静かな緊張”みたいなものが
ふたりの間に流れていた気がします。

それでも、
この時点ではまだ何も起きるはずがないと思っていました。
ほんの少し前までは。


別れ際の「このまま帰るの?」

食事を終えて外に出た時、
夜の空気が少し冷たくて、
なんとなく並んで歩きながら駅の方へ向かいました。

駅が見えてきたあたりで、
彼がポツリと、
「このまま帰っちゃうの?」
とつぶやいたのです。

深い意味なんてないように聞こえる言い方なのに、
その一言がまっすぐ胸に入ってきました。

帰るつもりだったのに、
足が勝手に止まってしまいました。


言い訳のような、“大丈夫だよ”

気まずい沈黙が少しあって、
彼が、
「ちょっとだけ話せる場所あるよ、近くに」
と、本当に軽い感じで言ったんです。

その軽さが逆に、
断る理由を全部奪っていきました。

私は、
「大丈夫だよ」
と答えました。

その“大丈夫”の意味を
どこまでわかっていて言ったのか、
自分でもはっきりしません。


小さなホテル街の手前で、ゆっくり歩いた

歩くうちに、街の雰囲気が変わっていくのがわかりました。
明るい通りから、少し静かな路地へ。

その途中に、
ビジネスホテルや小さなホテルが並んでいるエリアがあって。

彼は前を向いたまま何も言わなかったけれど、
歩く速度がわずかにゆっくりになりました。

たぶん私も、同じくらいゆっくりになっていたと思います。

この時点で、
もう決まっていたのかもしれません。


手をつないだのは、向こうからだった

ホテルの前まできた時、
彼がふっと私の手をとりました。

驚くほど自然で、
驚くほど抵抗がありませんでした。

ドキッとしたというより、
“ああ、こうなるんだ”
と、どこかで納得してしまうような、静かな感覚。

そのまま、
彼に導かれるようにして建物の中に入りました。


境目が消えた夜

部屋に入った瞬間、
現実なのに現実味が薄いような、変な感覚になりました。

彼が少し照れて笑った顔を見た時、
胸の奥にあった迷いが、ふっと消えていったのを覚えています。

キスをされた瞬間、
もう引き返すという選択肢はありませんでした。

感情が先なのか、
身体が先なのか、
自分でももう区別がつきません。

ただ、
境目が完全に消えた夜でした。


次回予告:第7話

一線を越えたあと、
張り詰めていた糸が切れてしまったように、
感情が止まらなくなっていった。

冷静になるべきなのに。
それでも抑えられなかった気持ちについて、
次は書いていきます。

続きはまた次回


『この恋は甘い地獄』第5話 一線を越えそうで越えない夜のこと

「会わない?」の一言が、思っていたより重かった

彼との連絡が日常に溶け込んできた頃、
突然彼からこんなメッセージが届きました。

──「今週、仕事早く終わる日ある?」──

それだけなのに、胸の奥がじわっと熱くなるのを感じました。
“会いたい”と言葉にしていないのに、
その意図がなんとなく伝わってしまう、あの空気。

この頃には、
彼とのメッセージを楽しみにしていたことを
素直に認めざるを得ませんでした。


再会を重ねるたびに、距離が縮まっていく

仕事の帰り、時間を合わせて彼と会いました。
特別な場所でもなく、普通のご飯屋さん。
いつもと変わらないはずの空気なのに、
前よりも向かい合う時間が静かに心に入り込んでくるようでした。

話す内容は相変わらず普通なのに、
なぜか「普通ではない感じ」が漂う瞬間があります。

彼がふと真面目な顔になった時とか、
笑った拍子に視線が合ったまま少し長くなる時とか。

お互い、意識していないふりをしながら、
実はどこかで探り合っている感じ。


近づきすぎた瞬間

食事のあと、駅まで一緒に歩きました。

夜風が少し冷たくて、
彼が「寒くない?」と何気なく気遣ってくれた瞬間、
ほんの数秒、心がふわっとほどけるような感覚がありました。

手を繋ぐわけでもない。
何か起きたわけでもない。
でも、一歩でも間違えれば距離が変わってしまう
そんな空気が確かにありました。

その空気はきっと、
彼も同じように感じたと思います。


駅に着いた瞬間の、あの沈黙

駅の入り口に着いたとき、
彼が少しだけ歩く速度をゆっくりにしたのを感じました。

別れたくないとか、
もっといたいとか、
そんなはっきりした言葉はないけれど、

「このまま別れていいのかな」
そんな迷いがほんの一瞬、ふたりの間に流れたような気がしました。

でも結局、ふたりとも言葉にできませんでした。

ただ、
「今日はありがとう。また話そ」
とだけ交わして、それぞれの方向に歩き出しました。

背中を向けた瞬間、
胸の奥がじんわりして、
自分でもよくわからない気持ちだけが残りました。


一線は越えていない。でも、越えかけている

家に帰る電車の中で、
彼から「今日は楽しかった」とメッセージが届きました。

その短い一文が、妙に胸に残ります。

たぶん、
ふたりとも一線を意識しながら、
まだ踏み込まないように気をつけている。

でもその「まだ」が、
逆にドキドキを大きくしているのかもしれません。

今思えば、
この時がいちばん危ない時期だった気がします。

何も起きていないのに、
心の距離だけが勝手に縮まっていく。
そんな時期です。


次回予告:第6話

次の話では、
“まだ”と“もう”の境目が、ふいに消えてしまった夜について書きます。

お互い、気づかないふりをしてきた距離感。
守っていた一線。
その全部が、ほんの些細なきっかけで揺らいだ瞬間。

気持ちが先だったのか、
身体が先だったのか。
自分でもはっきりわからない夜、、、

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』第4話 再会の日、思っていたより普通で、思っていたより特別

約束の日が近づくにつれて

彼と「また会おう」と決めてから、その日までは案外あっという間でした。
家事をこなし、仕事をこなしているいつもの毎日の中に、
“彼と会う”という予定だけが、ぽつんと光るように存在していました。

浮かれているわけじゃないのに、
その日が近づくたびに、なんとなく胸のあたりがざわつく。
忘れたいのに、忘れたくない。
そんな変な気持ちがずっとありました。


待ち合わせ場所に向かう道

当日。
支度をして、少し早めに家を出ました。

特別おしゃれをしたわけではありません。
いつもより少しだけ丁寧なメイク、少しだけ落ち着いた服。
その「少しだけ」に、自分の気持ちが出ている気がして、
歩きながら苦笑い。

待ち合わせ場所に近づくにつれて、
鼓動が少しだけ早くなるのを感じました。
恋のドキドキというより、
「久しぶりの再会に緊張しているだけ」
と言い聞かせながら。


ふと目に入った“彼の姿”

待ち合わせの場所に着いて、
人混みの中に立っている彼を見つけた時。

「あ、いる。」

その瞬間の感覚は、思ったよりも淡々としていました。
もっと劇的な気持ちになるかと思っていたけど、
現実は案外静かで、ただ懐かしいだけ。

でも、不思議なことに—
少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じたのも事実。

彼もこちらに気づいて、軽く手をあげてくれました。
その仕草が昔と変わっていなくて、
“あぁ、この人はあの頃の彼のままだ”
と、どこか安心するような感覚がありました。


ぎこちない近況報告と、自然に戻る空気

久しぶりに会ったからか、最初の数分は少しぎこちない空気でした。

天気の話、仕事の話、共通の友人の近況。
どれも特別な内容ではありません。

でも、10分も経たないうちに、
空気がゆっくりと昔の雰囲気に戻っていくのがわかりました。

学生時代の話になると、思わず笑ってしまうような懐かしさが込み上げてきて、彼も同じように肩の力が抜けていくのがわかりました。

“あぁ、この人と話すときはこんな感じだったな”
そんな記憶が自然に戻ってくる。
その感じが妙に心地よい。


特別じゃない時間が、特別に思える

食事をしながら話していると、
気づけば時間があっという間に過ぎていました。

特にドキッとするようなことを言われたわけでもないし、
手を触れられたわけでもありません。
本当にただの“再会した同級生”との時間。

なのに…

帰り道、ひとりで歩きながら、
静かに胸の奥が熱いような、ざわざわするような、
言葉にしづらい感覚がありました。

「また会いたい」
そう思った瞬間、自分で少し驚きました。

理由なんてまだよくわからない。
でも、今日の時間が悪くなかったから。
それだけで充分でした。


再会してみて感じたこと

会う前はあれこれ考えてしまっていたけれど、
実際に会ってみたら、特別なドラマなんて何も起きませんでした。

けれど、
“何も起きなかったからこそ、また会いたくなる”

そんな不思議な気持ちを、
久しぶりに味わったのです。


次回予告:第5話
次回は、
“再会後、連絡が当たり前になっていく”
あの静かな変化について書いていきます。

曖昧なのに心地よくて、
気づかないうちに距離が縮まってしまう、、、

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』第3話 止まらないメッセージの波

同窓会の夜から始まった、毎日のやり取り

同窓会で彼と再会してから、
日常が少しだけ賑やかになりました。

最初は「昨日はありがとう」
それくらいの軽い連絡だったはずなのに、
翌日にはもう昔話や仕事のことまで話すようになっていました。

彼のメッセージは不思議と心地よく、
読んでいて疲れない、安心感があります。

既読をつければすぐに返ってくるそのテンポも、
どこか昔の空気に戻ったようで、懐かしく感じていました。


胸に残った、彼のふとした一言

ある夜、ふと届いた一言が、
思った以上に胸に残りました。

「今日も話せてよかった。また明日も話したい」

学生の頃、感情を言葉にするタイプではなかった彼からのその言葉に、
少し驚きながらも、じんわり嬉しくなってしまいました。

気がつけば、反射的に返信していました。

「うん、また明日ね。なんか懐かしくて楽しいね。」

画面を閉じたあと、
布団の中で小さく笑ってしまったのは、内緒です。


彼との距離が、静かに近づいてくる

それからの彼は、
少しずつ踏み込んだ言葉を送ってくるようになりました。

「今度さ、ゆっくり話せる時間つくらない?会って話したい。」

画面を見た瞬間、胸がドキッと鳴りました。

大人になった今は、
勢いだけで動けるわけではありません。

それぞれに事情もあるし、
慎重にならなきゃいけない気持ちも、ちゃんとありました。

それでも、
彼と話す時間があまりに自然で楽しくて。

一度深呼吸をしてから、返信しました。

「うん。会おうか」

その瞬間、胸の奥がふわっと熱くなりました。
でも、不思議と後悔はありませんでした。


眠れなかった夜と、少しのときめき

その夜は、なかなか眠れませんでした。

布団に入りながら、
再び彼に会う日のことを考えてしまって。

同窓会に行く前は、
こんな展開になるなんて、思いもしなかったのに。

人生って、
時々こんなふうに、急に動き出すから不思議です。

少しだけ。
本当に少しだけ、
次に会う日が楽しみになっていました。


次回予告:第4話

次回は、
約束した再会の日について書こうと思います。

久しぶりに顔を合わせた彼は、
思っていたよりも普通で、
思っていたよりも特別でした。

何も起きないはずだった再会が、
少しずつ心の距離を変えていく――

続きはまた次回。

『この恋は甘い地獄』 第2話 同窓会の夜に、静かに始まる揺れ


前回、不倫がどのように始まるのかを書きました。
衝動ではなく、静かに、気づかないうちに心が傾いていく——そんな曖昧な始まり。

その“曖昧さ”は、
実はとても普通の出来事からでした。

地元で行われた同窓会。
懐かしい名前が並ぶグループLINEを見たとき、
あの日の夕焼けや、放課後の廊下の匂いまで思い出したのを覚えています。

ただ、それだけ。
ただの同窓会のはずでした。


懐かしさだけのはずだった再会

会場のホテルのロビーは同級生たちの声で賑やかで、
挨拶を返しながらも、どこか夢の中にいるような気分でした。

ほんの数時間だけ、
大人になった自分と、
高校生の頃の自分が混じり合うような、不思議な感覚。

そのなかで、
ふと視線が合った人がいました。

当時、特別仲が良かったわけでも、
憧れていたわけでもありません。

ただ、話すと安心するような、
少し落ち着いた雰囲気の人。

「久しぶりだね」の一言が、
なぜか胸に柔らかく残りました。

それだけのはずでした。


日常に戻ったはずなのに、消えないざわつき

同窓会の翌朝は、少しだけ頭が重く、
でも心は妙に静かでした。

ふだん通りに家のことをして、
仕事の準備をして、
いつもと変わらない一日が始まるはずでした。

なのに——

前夜の何気ない会話や、
同級生たちの笑顔が
断片的に思い出されてしまう。

特に、あの人の落ち着いた声が
なぜか耳の奥に残って離れない。

恋というほど強いものではなく、
興奮でもなく、
ただ、小さなざわつき。

“あれは何だったんだろう”

そう思いながらも、
深く考えるほどのことではない、と自分に言い聞かせました。

この「自分に言い聞かせる」という行為が、
後から思えば、少し心が揺れていた証拠なのかもしれません。


彼から届いたメッセージ

同窓会から数日後の昼下がり。
仕事の休憩中、スマホを開くと、
彼から短いメッセージが届いていました。

お礼のような
気遣いのような
誰に送ってもおかしくない内容。

でも、なぜか胸の奥がほんの少しだけ温かくなる。

返信しようかどうか迷ったわけではありません。
自然に、手が動きました。

「これくらいなら普通」
「同窓会の延長みたいなもの」

そんな風に軽く考えていたはずなのに、
メッセージを送ったあと、
少しだけ心が落ち着かない自分がいました。

その理由は、まだ見えていませんでした。


始まりはいつも静かで、気づきにくい

この時点ではもちろん、
不倫なんて意識していません。

ただの懐かしさ。
ただの同窓会。
ただの連絡。

どれも、言い訳できる程度の軽さ。

でも、境界線はこうして少しずつ薄くなります。
日常のほころびから、
そっと入り込んでくるように。

“特別じゃないのに、忘れられない”

その感覚こそが、
静かな始まりだったのだと今になって思います。


■次回予告:「連絡が日常に変わるとき」

次回は、
ほんの挨拶だけのやり取りが
なぜか毎日の習慣に変わっていく瞬間について書こうと思います。

・返信が早くなる
・相手の言葉を読み返す
・メッセージが来ないと落ち着かない

そんな、ごく小さな心の揺れ–

続きはまた次回。