
こんな時間が、ずっと続けばいいと思った
週末、彼と泊まりで出かけた。
何度目かの旅行。
もう慣れているはずなのに、
今回は少し違った。
彼が、手を繋いだまま歩いてくれた。
人目を気にしながらも、離さなかった。
旅館で並んで歯を磨いて、
同じ布団に入って、
他愛もない話で笑った。
まるで、本当に夫婦みたいだった。
私は、その錯覚が嬉しかった。
「このままでいい」と言われた夜
未来の話はしないけれど
「こういう時間があるから、頑張れる」
彼はそう言った。
それは未来の約束じゃない。
でも、今を肯定する言葉だった。
私は思ってしまう。
奥さんとは、
もうこんなふうに笑っていないはず。
女性として愛されているのは、
きっと私のほう。
体で繋がっているのは、
私だけだと信じたかった。
家庭は壊さない。
壊すつもりもない。
でも、
“心の本命は私”であってほしかった。
その夜は、
それを信じられるくらい幸せだった。
崩れたのは、帰り道
彼のスマホが鳴った
チェックアウトを済ませ、
車に乗り込んだ直後。
彼のスマホが震えた。
画面に表示された名前は、
奥さん。
一瞬だけ、
彼の表情が変わった。
声のトーンが違う
「うん、今向かってる」
「子どもは?」
「わかった、すぐ帰る」
優しい声だった。
私と話すときより、
落ち着いていて、自然で、
生活の中の声だった。
胸の奥が、冷えた。
私は、日常じゃない
彼はすぐに切り替わる
電話を切ったあと、
彼は何事もなかったように言った。
「ごめん、ちょっと急がないと」
さっきまでの空気が消えている。
あの布団の温度も、
笑い声も、
全部、幻だったみたいに。
帰る場所は、あちら側
車は私の家とは逆方向へ走る。
さっきまで隣にいたのに、
もう彼は“家族の人”に戻っている。
私は何なんだろう。
特別な時間?
癒し?
逃げ場?
でも、帰る場所じゃない。
幸せのピークは、崩れるためにあった
比べてしまった瞬間
旅行中、
私は勝った気でいた。
奥さんより近い。
奥さんより愛されている。
そう思って安心していた。
でも違った。
私は、
“非日常の中での一番”だっただけ。
日常の一番は、
最初から決まっていた。
急に、現実が重くなる
帰り道の助手席で、
私は静かだった。
さっきまで世界一幸せだったのに、
いまは世界から弾かれたみたい。
彼は気づいていない。
気づかないふりをしているのかもしれない。
どちらにしても、
私だけが落ちている。
それでも、離れられない
地獄だと分かっているのに
もう十分、分かった。
私は一番じゃない。
選ばれる立場じゃない。
それでも、
次に「会いたい」と言われたら、
きっとまた行ってしまう。
幸せの高さを知ってしまったから。
落ちる痛みより、
あの温度を求めてしまう。
次回予告(第19話)
崩れたはずなのに、
また優しくされる。
不安と確信が、
交互に押し寄せる。
そして私は、
決定的な“確認”をしてしまう。
ではまた次回。








