【恋愛】

いい男を見極める方法1

良い男を見極める方法があります。

とーってもシンプルなのですが人によっては大変難儀なことでもあります。ぜひ参考にしてもらえると幸いです。

ずばり『自分が一番輝いて充実した状態で出会って好きだと思う男性』がいい男です。

要は判断する自分自身がしっかりした状態だと変な男性を選ばないということです。「寂しいから彼氏ほしい!」「早く結婚がしたい!」「仕事が嫌だから男に逃げたい!」などなどなど、相手に対して要求が強くある時は『いい男』を判断することが難しいのです。相手の人間性を見る前に欲求が叶う方を選択してしまいますからね。

よく「恋愛とは正論が通じないもの」と言ったりしますが、もう少し言うと「欲求に正論が通じない」と私は思っています。「好き」という言葉の裏に自分の強い願望や欲求が秘められているように思います。もちろん、彼氏が欲しいとか結婚したいという願望は良いんです。でも、その裏に「寂しいから誰でもいい」とか「家族が鬱陶しいから結婚して逃げたい」みたいな思惑があると選択ミスが大いに起こりやすいです。

とはいえ、人間は変わります。最初、どんなに素敵な人であっても自分以外の社会や多くの人と接していく中で驚くほど変わってしまう人・・・そういう場合もありますので、変な人と付き合ったり結婚したとしても自分が悪いと決めつけるのはいけません。全てケースバイケースですが、いい男の選び方としては選ぶ自分がどういう状態にあるかを理解する必要があるということです。

恋愛は夢、結婚は現実

よく恋愛の延長上に結婚があると思われていますが、これは少し違います。

恋愛という電車が線路のレールを走っているとします。途中にある分岐点で真っすぐそのまま進む方向が「このまま付き合いを続ける」で、関係を切り替えて分岐線つまり全く違う方向に進むのが「結婚」になります。

今は、婚活で結婚前提に知り合い条件をみてサクっと付き合って結婚に至る場合がありますが、これはこれで別の話になります。今度、西洋占星術の観点から自分に向いているのは恋愛結婚なのか婚活結婚なのかを書きたいと思っています。話が脱線しましたが、戻します。

恋愛というのはハッキリ言うと何の責任もないですよね。自分の悪い所を隠すことも出来るし、楽しい時だけ過ごすこともできますから。お互い燃え上がっていれば尚更、周りは何も見えないし何も聞こえないし。問題が起きても所詮、個人で解決するしかないですしね。ところが結婚となると完全に話が変わります。

こんなことを言うと結婚したくなくなってしまうかもしれませんが、結婚は「覚悟」です。良い時も悪い時もお互いを支えていくという絆を育み、至らない自分を夫婦生活や子育てを通じて成長させていかなくてはいけません。たまに「ありのままの自分で」なんて聞きますが、ありのままというのは「私、変わりませんから」という宣告と同義です。人は変化してこそ、成長し人として磨かれ輝きます。

美味しい所だけ楽しい所だけ・・・とは、いかないのが結婚です。でも、それ以上に確かな幸せや辛いことを一緒に乗り越えた時の幸福度は恋愛では感じられないものがあります。恋愛にも結婚にも良い所があります。ただ、別物であると知ることで自分はどちらを走りたいか迷いが減るようになると思います。ぜひ、ご参考まで。

恋は『病』

恋の病にかかった・・・なんて経験はありますか?その人のことばかり考えてしまったり、何も手につかなくなったり、根拠もなく不安になったり心配になったり・・・

私が思うに恋の病にかかるというより恋そのものが『病』だと思っています。付ける薬もありませんし、我に返る(治る)までも人それぞれ違うタイミングで操作のしようがないですからね。

2025.6.1に書きましたブログ『恋と愛』でも綴りましたが恋自体が「自分都合な思い」ですから、一方的な思いです。その「恋」に応えてもらうと「愛」に変化を遂げて二人で育む「恋愛」に発展するように思います。何とも素敵な流れ・・・

恋は一人でも成り立ちますが、恋愛は二人でするものです。そこで恋愛に悩んで、なぜ上手くいかないのか?と躓いた時に思い出して欲しいのが、まだ「恋」の状態ではないか?ということです。一方的に気持ちをぶつけることも「恋」ですが、気持ちを通わせず自分が我慢ばかりする犠牲心、これもまた「恋」なんです。嫌われたくない、好きでいてほしいという一方的な気持ちがある訳ですから。

恋人関係に限らず、夫婦でも然りです。気持ちを通わせることが出来ないと、その先も続きません。恋愛に限ったことではありませんが、理論的で合理的なことだけで判断するのではなく、面倒かもしれないけれどコスパが悪いかもしれないけれど気持ちが通じる努力をしてみてくださいね。恋という病からの脱却は「恐れないこと」です。

年齢で判断は✖【恋愛編】

よく「年上の落ち着いた人が良い」とか「年上の引っ張っていってくれる人がタイプ」と仰る方々がいます。確かに年齢を重ねている方が人生経験が豊富ですし、社会的にも頼れる感じがありますよね。しかし、恋愛においては年齢は「あまり関係ない」と色々な方々を見てきて思います。

年上が好き!という好みは良いのですが、そこに「しっかりした」とか「頼れる」というプラス要素が含まれることが多いと感じます。正直、恋愛というもの自体、正常な判断で割り切れるものではないし、どんな年齢の人でも浮かれるし地に足がつかないものです。さらに、精神年齢と年齢は比例しませんので、年齢で判断するのは自ら恋愛の幅を狭めているように思います。

若いうちはほとんどが年上だったけれど、自分自身も年齢を重ねると次第に年下も増えていきます。でも「年上のリードしてくれる人が好き」と強くインプットした価値観が年を重ねても、そのまま持ち越すと恋愛対象が減少してきてしまいます。ですから、年齢問わず頼れる人はいますし、しっかりした方もいらっしゃいます。ぜひ、自分の思考のアップデートをしながら素敵な出会いを見つけていってくださいね。

恋と愛

人生で避けては通れない『恋愛』というジャンル。恋愛と一括りに言っても『恋』なのか『愛』なのかで全然意味が変わります。自分は、どんな恋愛をしていますか?

ちなみに超超超簡潔に言うと『恋』は自分都合で『愛』は相手都合で動きます。相手が好きで相手の求めていること全てに応えてしまう人は一見『愛』のように見えますが、心の奥底に嫌われたくない愛されたいという自分都合が隠れているので『恋』なのです。自分の気持ちの真髄がどうであるかが重要になります。

そして恋愛関係を維持するために必要なのが双方の『愛』になります。例え『恋』から始まっても、互いが互いの為を思う『愛』へ変化を遂げないと続かなくなります。いわば推し活や片思いも『恋』なので、恋はある意味一人で成り立つところがあります。でも恋愛は二人でするものですから片一方の思いだけでは成立し難くなるわけです。

私は常々『愛』から恋愛が始まるように思います。なぜなら、例え自分が結ばれなくても相手が幸せなら、それで幸せだからです。これは人間関係でも言えるかもしれません。お客様に対してもハートフルの先生方に対しても家族友人、たまたま出会った方であっても私と関わって下さった皆様が幸せなら、それで幸せなのです。このブログを書きながら私自身『愛』をもって皆様のお役に立てるよう邁進して参りたいと改めて強く実感致しました。