2026年 8月 の投稿一覧

仕事の方向性に迷う時に見直したいこと

こんにちは。 

穏樹です。

仕事のご相談では、 

「このまま続けていいのか」 

「自分に合う働き方は何か」 

というお悩みをよく伺います。

仕事の迷いは、能力が足りないからではなく、 

『今のやり方や環境が合っていない』ことも多いです。

無理に頑張り続けるより、 

自分に合う形を見つけるほうが、ずっと楽に進めることがあります。

迷っている時に読んでほしいこと

こんにちは。 

穏樹です。

今日は、『迷っている時に読んでほしいこと』を書いてみたいと思います。

迷っている時って、どうしても早く答えを出したくなりますよね。 

でも実は、焦って決めるより、 

一度気持ちを整理してから選んだ方が、ずっと楽に進めることがあります。

たとえば、 

– 本当はどうしたいのか 

– 何が不安なのか 

– 今は動く時なのか、整える時なのか 

この3つを見ていくだけでも、心の中がかなり整理されます。

ひとりで考えていると、同じところをぐるぐる回ってしまうことがあります。 

でも、誰かと一緒に見ていくことで、思っていたより早く答えが見えることもあります。

迷いがあることは、悪いことではありません。 

それは、次に進む前の大切なサインでもあります。

鑑定で大切にしていること

こんにちは。 

穏樹です。

今日は、『私が鑑定の中で大切にしていること』をお伝えします。

私が一番大切にしているのは、 

『その方が安心して次の一歩を選べること』です。

占いは、ただ結果を知るためのものではなく、 

今の自分を整理して、これからの動きを考えるための時間でもあると思っています。

だからこそ、私は 

– 今の状況をわかりやすく伝えること 

– 気持ちを整理しやすくすること 

– 無理のない動き方をお伝えすること 

を大切にしています。

悩みがある時は、気持ちがいっぱいになってしまって、 

「何を優先したらいいのかわからない」 

という状態になりやすいですよね。

そんな時に、少しでも心が落ち着いて、 

「まずはこれをやってみよう」 

と思っていただけるような鑑定を心がけています。

よくいただくご相談について

こんにちは。 

穏樹です。

今回は、私のところでよくいただくご相談内容についてお話ししたいと思います。

鑑定では、 

– 仕事の方向性 

– 人間関係の悩み 

– 恋愛やパートナーシップ 

– 家族との距離感 

– 自分らしい生き方 

– なんとなく続くモヤモヤ 

といったご相談を多くいただきます。

「こんなことを相談していいのかな」 

「うまく話せるかわからない」 

そんなふうに感じる方もいらっしゃいますが、どうぞ安心してください。

悩みは、きれいにまとまっていなくても大丈夫です。 

お話を伺いながら、一緒に少しずつ整理していくことを大切にしています。

ひとりで抱え込まずに、気になることがあればお気軽にご相談くださいね。

手放すと、風景が変わる

☆娘の一言で、手放せたもの

娘が中学生の頃、急に帰りが遅くなった時期がありました。部活もサボりがちで、生徒会の役員として体育祭や学園祭の準備に追われていたようです。男の子の影も少し見えて、私は「これは引き締めないと」と心配を強めていました。 

そんな時、娘からこう言われました。

「お母さん、私を信じて。大丈夫だから」

最初は正直、腹が立ちました。でも、そこまで言うならと、心配するのをやめる決断をしました。私が心配したところで現実が良くなるわけでもない。むしろ良くない方に引き寄せるくらいなら、自分の責任の範囲のことだけをしっかりやろうと切り替えたのです。

そうしたら、娘の帰りが以前より早くなりました。もちろん、心配をやめれば必ずうまくいくという単純な話ではないと思います。ただ、少なくとも私と娘の間では、監視をやめたことが結果的に良い方向に働きました。

監視や心配の視線を強く感じると、人は無意識に反発したり、隠れて行動したりします。そして反発してしまう自分に、余計に罪悪感を募らせる。

この矛盾に気づいて、そこから自由になれれば、親も子どもも救われるのだと思います。

私はあの時、「子どもをコントロールしたい」という気持ちを手放すことができました。

☆なぜ手放せないのか

支配欲の根っこには、いくつかの要因が絡み合っています。

• 子どもの将来という「コントロールできないもの」への恐怖

• 自分と子どもの境界が曖昧で、子どもの失敗を自分の失敗のように感じてしまうこと

• 「良い母親であること」でしか自分の価値を確認できないこと

• 自分自身が果たせなかったことを、子どもを通して修正しようとすること

共通しているのは、支配欲が向けられる対象は「子ども」でも、本当に解消しようとしているのは「自分自身の不安」だということです。

手放せないのは、子どものためではなく、自分が不確実さに耐えられないからなのだと思います。

私が娘との関係で手放せたのは、この不確実さそのものを受け入れられたからでした。

でも、同じことが社会のスケールでも起きている気がしています。世の中には、手放せていない思い込みが、まだたくさんあるのではないかと。

☆「氷河期の物語」を手放せない社会

就職氷河期世代について、大正大学教授の海老原嗣生氏は、世間で語られているほど深刻ではなかったという見方を示しています。

20年前の氷河期が今も影響を及ぼしている事実はほとんどなく、当時不遇だった人の大半も、今では人生を立て直せているというのです。

それでも「氷河期世代は一生不遇」という物語は、繰り返しメディアで語られ続けています。一度作られた物語は、統計が変わっても、なかなか手放されない。

それはまるで、子どもの成長を認めず、いつまでも「あの時の危うい子ども」のイメージで見続けてしまう親のようだと思いました。

私自身は運良く新卒で正社員として就職できましたが、そこを離れて非正規で働くと、二度と正社員には戻れない構造がありました。

実際、私は資格が必要な金融機関の専門職として派遣で働きながら、13年間、職を転々と繋いできました。フルタイムで自転車操業のような日々で、二度と戻りたくないと思うほどでした。

統計上の「氷河期は思ったほど深刻ではない」という話がどうであれ、私自身が転々としてきた実感は、紛れもない事実として残っています。

☆「派遣」というレッテルを手放せない世間

派遣という響きには、日雇い労働者的、あるいは無責任な仕事ぶりといったイメージがつきまとうことがあります。

しかし実際に私が担っていたのは、資格がなければできない専門性の高い仕事でした。その制度は今はなくなり、専門性による区別ごと失われて、本当にひとくくりにされてしまいました。

これも、実態と関係なく、ある属性やグループに負のレッテルを貼り続ける社会の姿だと思います。

派遣とひとくくりに言っても、その中身は職種によってまったく異なるのに、世間はそのイメージを手放そうとしません。

一方で、交通費が時給とは別に支給されるようになったことや、長く働けば正社員に近い立場になれる道ができてきたことなど、待遇は少しずつ良くなってきています。

☆手放した先にあったもの

娘への支配欲を手放したとき、私が得たのは、娘自身の力を信じるという新しい関係でした。

転々としてきた13年間についても、最近は「戻りたくない過去」としてだけでなく、いろんな職場の裏も表も見てきた経験として、少し違う見方ができるようになってきました。

これも一種の「手放し」なのかもしれません。世間の物差しや、自分の中の古い解釈を手放して、今の自分がその経験をどう受け止め直せるかに目を向けてみること。

子育ても、社会の物語も、自分自身の過去の解釈も、握りしめたままでは見えてこない景色があるのかもしれません。

渡さない手紙を書いてみませんか?

☆きっかけは一本の映画だった

ブラック・スワン』と『パーフェクトブルー』。どちらも、誰かの理想やコントロールに呑み込まれそうになる女性を描いた作品です。バレエの美しい映像と、身体が壊れていくような痛々しい描写が同居する『ブラック・スワン』。アイドルという虚像と、女優として生きようとする本人の間で揺れる『パーフェクトブルー』。

観終わったあと、私の中に残ったのは「自己価値」というテーマでした。誰かの期待や理想に応え続けることでしか自分を保てなくなる怖さ。そして、それを手放したときにようやく訪れる解放感。

そこから自然と、自分自身の話につながっていきました。

☆過保護という名の支配

私自身、親から過干渉ともいえるほどのコントロールを受けて育ちました。自分ではどうしようもないことで何度も責められたり、子どもの頃は門限が夕方5時で、1時間遅れただけで外に締め出されたこともあります。社会人になってからも門限のことを言われ続け、「残業があるから無理」とようやく伝えて、少しずつそれもなくなっていきました。

今の基準で見れば、これは「厳しいしつけ」では済まされない話かもしれません。でも当時は、それが当たり前だと思って育ちました。

☆直接対話という、ハードモードの選択

大人になってから、私は思い切って母に「あれはおかしかった」と伝えました。最初は逆ギレされました。母の日にプレゼントを送ったら受け取り拒否されたこともあります。それでも感情的にならず、何度も冷静に説明を重ねました。最終的に、母は謝罪してくれました。今では、あの受け取り拒否のエピソードも笑い話になっています。

関係は、そこから確かに良くなりました。

ただ、これは正直かなりの賭けだったと思います。誰にでも勧められるやり方ではありません。相手の感情的な反応をその場で受け止める胆力も、何度も同じ話を繰り返す粘り強さも必要です。うまくいく保証なんてどこにもありませんでした。

☆みんなにラスボス戦を勧めたいわけではない

同じような年代の友人と話していると、両親のどちらか、あるいは両方がすでに亡くなっているケースも珍しくありません。直接対話という選択肢そのものが失われていることもあります。

それに、そもそも直接対決は誰にでもできることではありません。ゲームでいきなりラスボスに挑んで返り討ちにあえば、心が折れて二度と挑戦したくなくなってしまいます。まずは小さなスライムを一体ずつ倒していくように、少しずつ自分の感情と向き合う練習をしていく方が、ずっと現実的なはずです。

☆渡さない手紙という選択肢

そこでおすすめしたいのが、「渡さない手紙を書く」という方法です。

実際に相手に渡すかどうかは関係ありません。大切なのは、自分の心の奥にずっと閉じ込めていた気持ちを、言葉として引っ張り出し、その存在をちゃんと認めてあげることです。

誰にも見せなくてもかまいません。書くという行為そのものが、頭の中でぐるぐる渦巻いていた感情に輪郭を与え、「そうか、私はこう感じていたんだ」と自分自身で確認する機会になります。これは実際、グリーフケアやトラウマケアの現場でも使われている手法だそうです。

相手がもうこの世にいない場合でも、渡さない手紙なら関係なく書くことができます。誰かに読ませるためではなく、自分自身のために。

☆スライムから、少しずつでいい

私のように直接対決までたどり着けた人は、おそらくかなり稀なケースだと思います。だからといって、それが唯一の正解というわけでも、目指すべきゴールというわけでもありません。

渡さない手紙を書くことも、誰かに話を聞いてもらうことも、日記に書き留めることも、全部同じように意味のある一歩です。ラスボスに挑まなくても、旅の途中で十分に強くなれた実感があれば、それだけで十分だと思います。

もし、心のどこかにまだ言葉にできていない何かを抱えているなら。誰にも見せなくていいので、一度、渡さない手紙を書いてみませんか。