【ブログ】

お話を聞かせて下さいね

占い師になって人の話を聞く機会が増えたからなのか、みなさんギリギリまで我慢されている方が多いように思います。最後の砦で占いに来る方もいらっしゃいます。でも、ズタズタのボロボロになる前に少しでも良いので、お話をしに来てくださると嬉しいです。

初めてのお客様にも心配や不安のないように、お声がけさせていただきますので怖がらないでくださいね。鑑定ですので、良い結果ばかりではありませんが、良い方向に向かうよう様々な占術を使ってお話していきます。

ハートフルの先生方、私も含め来てくださったお客様は忘れません。いつも頭の片隅に「お元気かな?」「問題は乗り越えられたかな?」と思いを馳せています。お客様は私にとって「大切な人」の一人です。常に、お力になりたいという思いでおります。自分の気持ちを吐き出す場所がない、苦しい状況を吐露できないなど悩まれている方は、ぜひお話を聞かせて下さいね。いつもでも、お待ちしております。

無駄なことなんて、ないんだよ

恋愛においても友人関係においても家族関係においても一緒にいた時間や共に育んできた時間が長ければ長いほど崩壊した時に「せっかく頑張ってきたのに・・・」「こんなに長く一緒にいたのに・・・」と今までかけてきた時間を【もったいない】と感じる方が多いように思います。

努力してきた関係に対して、どんな結末だと納得がいったのでしょうか?どこをゴールとして満足感を得ようとしてきたのでしょうか?

5/14に書きましたブログ「『努力』は報われる??」でも書きましたが、誰であっても頑張ったからといって自分の望む結果が得られる訳ではないし、努力が実るとも限りません。

もったいないと感じることが悪いのではなく、相手を自分の思い描く形になってほしいと期待しすぎたところに問題があるように思います。人を変えることほど難しいことはありません。自分が視点を変えたり、色んな経験を肥やしに成長することで期待しすぎることもなく、現実を受け止める力が備わると思います。

簡単に言葉にしましたが、実際に思考を変えることは難しいです。ですから、一歩一歩焦らず自分を磨いていくことで人生に無駄なことなんてないと実感していくことが大切なように思います。私も人生で沢山転んたり、上手くいかないことも多かったのですが今こうしていられるのは『人生経験、全て糧』という精神でいたからだと思います。まだまだ、これからもっともっと精進して皆様のお役に立てるよう努力して参ります。がんばるぞー🔥

『行動』が真実

人間関係において「行動」が全てです。

行動の伴わない言葉は「嘘」と何ら変わりがありません。

恋愛でも不倫関係で「相手と別れる」「お前が一番大事」と言っても結局、一番大事じゃないから行動を起こしてもらえません。美辞麗句を並べても、それは真実・現実ではないということです。ただ、その道ならぬ関係に対して続けていく覚悟があり、どんな結末も受入れるという決意があるなら自責で良いと思います。

これは友人関係、家族関係、どの人間関係においても言えることです。どんなに心情を言葉でつらつらと並べたところで本当に相手の為に行動できない人は、そういう人だということです。

友人であれ恋人であれ、その人を見極めるポイントは「確かな行動」をするというところです。それも相手を思った行動です。人間関係に悩んだ時、相手へ不安になった時など「行動が真実」だと思い出してもらえると幸いです。

強運・・・どういうこと?

占いに行くと「今年とても運が良いよ!」と言われたことはありませんか?どの占術においても運気の良い時、悪い時というのが分かります。運が良いと行動がスムーズに起こせたり、良いことに転じるチャンスになったりします。ただし、良いことばかりではないということを知らない方も多いので強運とはどういうことか参考にして頂けたら幸いです。

実は「運が良い」とか「強運」というのはスポットライトを浴びている状態なんです。眩い光に照らされると同時に足元に滲む影が濃さを増します。つまりプラスが強く出れば出るほどマイナスも一緒に露わになるのです。

つまり良し悪しは表裏一体ということです。例え運が良かったとしても、良いことしかない訳ではないのです。2024.12.4に書きましたブログ『【手相】最強≠幸運 ますかけ線』でも書きましたが強い運というのはあっても使いこなせなければ振り回されて終わることもあります。自分の運をコントロールするだけの豊富な知識、正しい言動、清い精神を向上させていく必要があります。

誰かと比べるのではなく過去の自分を上回っていく気持ちが大切です。

泣きたい時は泣いて下さいね

2025.1.24に『涙は浄化』というブログを書きました。そこでも涙を流すことの重要性を書きましたが、今回は前回にプラスして我慢しないでね!というメッセージをお伝えしたいと思い、書き綴らせて頂きます。

鑑定のみならずプライベートの会話中に涙を我慢される方がいらっしゃいます。色んな思いや経験から湧き上がってくる気持ちが涙に表れていると思いますが、私の前では我慢は不要です。鑑定中もプライベートも。こんなことで・・・なんて思う必要もないんです。

私は人に恵まれているのか、お客様もプライベートで出会う方々も頑張り屋さんで我慢強い方が多いように思います。更に真面目で努力家で一生懸命で・・・私自身、元気を沢山頂くのですが、少し心配になってしまうことも。そんな皆様だからこそ、お力になりたいです。涙を流すことは決して悪いことではありません。浄化の一つです。苦しくなったり、お辛くなったら頼られるような存在になれるよう私自身、精進致します🔥

涙は蓮の花のようだな・・・と思うことがあります。蓮は泥の中を潜り抜け水面に表れる時に美しい花を咲かせます。涙もドロドロとした感情を潜り抜け、瞳から零れ落ちる時は美しい雫となります。目に見えない部分はドロドロしていても表面化する時には美しい形で現れるところが似ているように思います。話は逸れましたが、涙は我慢しないでね!という気持ちが伝わりますように!

役立つ『武道の精神』

私は9歳から武道を嗜んできて一番よかったなぁと思うことは『武道の精神』が身についたことです。これは生きていく上でも、とても役に立つ考え方ですのでシェアしたいと思い、ここに綴らせて頂きます。

武道には『礼に始まり礼に終わる』という精神があります。これは対戦相手に対して敬意があることを示しています。どのような相手でも、どのような結果でも感情をコントロールして礼儀を果たします。

ただの人間関係であっても勝負の世界でも大切な精神だと思っています。私自身「相手がいなければ勝つことも負けることもできない。色んな経験、感情を身を持って知ることが出来るのは相手がいるからだ」ということを常に感じておりました。勝つ喜びも負ける悔しさも相手がいて初めて実感することができますよね。そう考えると感謝が生まれるように思います。

好きとか嫌いとか関係なく、自分がどういう人間でありたいかが大切なように思います。危害を加えてくるなど特別な状況以外、誰が相手でも挨拶をするし敬う気持ちを忘れたくありません。「ありがとう」も「ごめんなさい」も相手を敬うからこそ自然と出るものかと思います。

勝負とは一見、相手との戦いのように見えますが実際は日頃の自分との戦いだと思っております。日々の自己研鑽により、精神を逞しくさせ、技術を磨いていくことの延長線上に勝敗が待っているように思います。心を整えるのは何かや誰かではなく、己のみです。自分の在り方、思考、言動を整えることで自然と精神が整います。新しい時代に乗りつつ、古き良き精神も織り交ぜていくことで柔軟に適応できるのではと思っています。拙い言葉でしたが、もう少し上手な文章が書けるようになりましたら、もっと分かりやすくお伝えできればと思います。私もバーションアップが常々必要です。頑張ります!

全ては『通過点』

人生に『ゴール』はなく、ゲームのように問題や課題を一つ一つクリアしていくものだと思います。ゲームと違うところは、時間の長さでしょうか。人生の中で自分の挑戦したいこと、苦手なこと、楽しみたいことなど色んなことを経験して自分を磨いていきます。

よく受験をゴールに設定している学生さんを見ていると受かったこと落ちたことが理由で燃え尽き症候群のようになっているように思います。結婚をゴールだと思っている方も然りで、結婚すれば幸せ・・・と思っていたら理想と現実のギャップに苦しんでいたり。何においても言えるのですが『ゴール』を自分の中で設定しても人生は続くし変化していくので本人の意識と現実が歪んでいくように思います。

自分の歩む人生は、時に急いでみたり走ってみることもあるでしょうし、疲れたらゆっくり歩いたり、立ち止まって休憩することもあるでしょう。やる気が漲る時は全力疾走でも良いですしね。若いうちは自分のペースを掴むのが難しいので、色んな感情を経験したり知識を深めたり学んだり嫌なこともやってみる精神で自分を鍛えていくと成長して自分の体と心と寄り添いながら、自分のペースを知ることが出来るようになります。

どんな出来事も全て人生の『通過点』です。だからこそ、一生全力疾走は無理ですからバランス取りながら自分を許したり、認めたりして、その時の『最高速度』で参りましょう。休むことで遅れる?休むことが大切で必要なら、休むことも『最高速度』です。

運勢は自分で作る🔥

『運勢』とは自分の言動、思考、精神など目に見えるものから見えないものまで、ありとあらゆることが自分自身から生み出され、それを総合して作られていきます。似たような運勢や性質を持っていたとしても違った経路を辿ったり、違った結果を得るのは本人の意識の差にあります。

自分次第で良くも悪くもなれます。それは周囲からの影響があったり、『宿命』的な所で問題があったとしても自分に信念があれば必ず可能性という道に戻ってこれます。*2024.12.23に「『運命』と『宿命』」という2つの違いについてブログを書いております。お時間のある時に覗いてもらえたら嬉しいです。

誰しも生きていれば紆余曲折あります。「こんなに頑張っているのに結果が出ない・・・」「真面目に生きているのに苦しいことばかり・・・」なんて思うこともあります。ですが、努力したこと、頑張ったこと、一生懸命だったことを憂いてはいけません。この世は因果応報です。良いことを続ければ、それも自分にちゃんと返ってきますからね。人生七転び八起きです。たまに起き上がることが苦しい時もありますが、そういう時に手を貸せる私でありたい、お役に立てる私でありたいと思っています。

自分の人生は『自分の最善速度、自分の全力』で進むことを忘れないでくださいね。世の中のペース、他人のペースを知ること理解することは大切です。他人のペースで走れるなら、それも構いません。ですが、踊らされてはいけません。マラソンと同じで似た能力があろうとも、その時のコンディションで全然違うスピードになるはずです。自分を知り、確実に前に進みたいなら今の最善を選んで走ってください。人と比べない勇気を持ちましょう。他人のペースでがむしゃらに走って、どこを走っているか分からなくならないように。同じ人生の人なんていませんから。確実な一歩が、あなたの運勢を作ります。

謝る勇気!

近年、世代問わず謝ることが出来ない人が増えているといいます。欧米の謝ったら負け文化の影響なのか、損得を計算しすぎて謝るタイミングを逃したせいなのか、単に謝ることが出来ないのか分かりませんが「ごめんね」の一言が言えないようです。

謝ることを避け、のらりくらり逃げたり誤魔化したり曖昧にしたり・・・

では、なぜ謝れないのか。総じて感じることは「相手に対して誠意がないから」に尽きるように思います。自分の保身やプライドを守ることに必死であったり、開き直って自分を正当化し始めたりするから謝れないように思います。本来、謝るべき相手に申し訳ないという誠意があったら謝りますからね。

私も子育てをしていて、注意のつもりが強い言い方をしてしまったり必要以上に厳しい言い方をしてしまうことがあります。その時は「今の言い方きつかった!ごめん!」と直ぐに謝るようにしています。そうすると子供も「気を付けなくて(自分も)ごめんね!」と返してくれるようになりました。叱られたから謝るというよりも相手に対して誠意で謝るということを子供を通じて私自身が学び実践しています・・・が、まだまだ未熟だと痛感させられています。

ありがとうも大切ですが、ごめんなさいも同じくらい大切に思います。過剰に謝る必要はありませんが、自分が間違った時、失敗した時は素直に「ごめんなさい」と言える自分でありたいと思います。

『努力』は報われる??

私自身、努力を積み重ねることは得意なのですが必ずしも報われるとは思っていません。

努力を測るものの一つに結果があると思いますが、人生の多くは結果が簡単に出ないものの方が多いです。長期の投資のように良い時もあれば落ちる時もありますし、結論を自分でつけることだってある訳ですからね。スポーツや勉強は素早く結果が見えるので測りやすいかもしれませんが、何をもって報われることになるかという問題もあります。結果に対して本人が満足しても周囲が満足しない場合もありますから。逆も然り。

子育てにも言えることで子供が良くなるように親が努力をしたからといって必ずしも望む結果を得られるわけではありません。人間関係においても円滑にいくよう努力したところで思うような結果が得られますか?必ずしも得られませんよね。人は、安心したいが為にどうしても『努力』したことを可視化させたがります。目に見えないものは不安ですから。でも、目に見えるものばかりに捕らわれると目に見えない感情や心意気、精神など疎かにして努力する根本を見失いかねなくなります。

目標や目的を持って努力することは大切ですが、それに固執すると結果が得られなかった時に憤りや悲観するといった感情に襲われるように思います。そうすると感情に振り回されて自分自身すらも見失いかねません。少し視点を変えて努力は結果を生み出すものではなく、自分を磨くものだと思うと少し楽になるかと思います。もっと言えば自分を知る機会を努力によって得たと思うと冷静に分析できると思います。頑張ったり努力することに無駄はないです。「努力に勝る天才なし」は、私の座右の銘でもありますが、努力し続ける才能は天才をも上回ります。今だけ見ずに先の人生まで、ロングスパンで考えて参りましょう。