【ブログ】

心を支配されない

自分の心は誰のものですか?家族?恋人?友人?

どれも違いますよね。紛れもなく自分の心は自分のものです。

誰かを心配したり大切に思うことは素敵なことですが、その心に縛られてしまうと純粋だった心に墨汁をぽつんと垂らしたような徐々に黒い気持ちが渦巻き始めます。

最初は、ただただ心配だったことが連絡を取れないだけで「何してるの?」と怒りが湧いたり「もしかして事故!?」と過剰な妄想をしてしまったり「何か隠しているんじゃ・・・」と勝手に疑心暗鬼になったり。

こうなってくると自分の心が自分のものではない状態に。誰かに何かに振り回されて正気を保てなくなっていますからね。もちろん、相手との信頼関係や関係性にもよりますが、どの場面においても大切なのは自分の心を誰かや何かで安定させないことです。

もう一つ、「嫌いな人」で自分の心をいっぱいにするという支配のされ方は気を付けましょう。自分の心に嫌いな人を住まわせてはいけません。憎悪という靄で心を支配してしまっては本来の自分の心が見えなくなってしまいます。でも、嫌な人っています。私もそういう人に遭遇することがあります。でも、そんや嫌な人に自分の心や思考を奪われたくない(その時間がもったいない)と思ってしまいます。そう思った時は心許せる人に話したりして発散して終わりにしましょう。自分の心は自分で守っていく必要があります。

浄玻璃鏡

みなさん、浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)をご存じですか?私が子供に話す時は「閻魔様の鏡」と言ったりもします。この鏡は死んだ後、閻魔様が死者の生前の善悪の所業を見極めて裁くときに使われるものです。

自分が肉体を持って生きていた時どういった生き方をしたのか、その全てを映し出すものなんですよ。その生き様以外にも人にどんな影響を与えたのかも映し出されます。無意識に傷つけたり、知らぬ間に悲しませていることも。

だからこそ人は最低限、謙虚に誠実に正直にいなくてはいけません。この心さえあれば、気づかぬうちに誰かを傷つけていても気づいたら素直に謝れますからね。この心がなければ「は?知らないし」「私は悪くない」という傲慢な考え方になってしまいますから。

この鏡は人を裁くものという風に書きましたが、実際は自分の罪を反省させるためのものなんです。つまり、自分が犯した罪に対して「悪かった」と思える心が大切ということです。自分は間違っていない、正しいと思うのは人の常ですが、自分を正当化せず色んな意見や価値観に触れて人として磨きをかけていける方が素敵な気がします。

ちなみに我が子に、この話をしたら「まにさん(私)、もし先に閻魔様のところに行ったら『うちの子、いい子なんですよ~』って一言いっておいてね」と念を押されました。「あなたなら大丈夫だよ」と言ったら「万が一ってこともあるからね!」って・・・爆笑してしまいました。

苦しい時に大切なこと

人生が好調だけの人はいません。

必ずアップダウンがあります。ただ、好転しやすい人はいます。困難や問題に対して理性的に的確に素早く判断できること、自分が可哀想という殻に閉じこもらない人は運も動きやすいです。

とはいえ、誰しも低運気であったり上手くいかない星が付いて回ることがあります。こんなに頑張っているのに・・・と、もがけばもがくほど苦しくなるようなことは自分が良いか悪いか関係なく起こります。大切なのは冷静な思考と誠実な行動です。

正直、低運気で八方塞がりな状態で開運・運気アップは難しいです。運も肉体のように免疫が落ちることがあるからです。運が風邪を引いて弱り切った状態で開運だからとフルマラソンを走り切ることが出来ないように、出来ないものは出来ません。そして、そういうDOWNの時期には、その時期にやらなくてはいけないことがあるんです。

現実的な問題の場合は感情を切り捨てた理性的な判断が必要になります。そして、可哀想な自分に言い訳をして不誠実な行動を取らないことです。現実から目をそらして良くなることはないからです。我慢が必要な時は冬眠する動物のように耐える必要がありますが、それは現実逃避とは違います。これが簡単に出来たら苦労はないのですが、ぜひ困難にぶつかった時は冷静さと誠実さをもって対峙してみて下さいね。

思い出はエネルギー、執着は足枷

自分が辿ってきた道がどんなに険しく歪だったとしても、これから進む先もそうだとは限りません。過去に対して悔やむ気持ちや忘れられない思いもあるでしょう。それが思い出と思えた時、過去の出来事は全て自分の栄養となり、これから先に進むためのエネルギーとなります。

辛い苦しい気持ちを大事に抱えて、背負って進む未来の足取りは重いですよ。

人は宿命というリュックを既に背負っています。それにプラスして、過去の執着も両手いっぱいに抱えて歩いたらどうでしょう。重たくて嫌になって全て投げ出したくなりませんか?では、どうしたら良いのか。

過去に浸らないことです。過去の積み重ねが未来ではありますが、過去はあくまで過去であって、その都度清算していかなくてはいけません。人生であったこと全て抱えて進んではいけませんからね。心も体も身軽に参りましょう。それが自分を労わることでもありますから。ご自身を大切に。

『価値観』は合いません

恋愛の場面において、よく言われるのが「価値観の違い」や「価値観が合わない」というセリフ。そもそも価値観が合う人っているんですかね?そして、なぜ合っていると思い込んでしまっているのでしょうね?『価値観』という目に見えないものを合う合わないと言っている時点で「?」な気持ちと疑念を抱いています。

まずもって『価値観』は擦り合わせていくものです。

パズルのように型があって当てはめるように思っている方がいますが全然違うように思います。その時によって形を変えたり、柔軟にバランスを取るのが『価値観』な訳で。郷に入っては郷に従えと言うように自分の価値観なんて場所や状況や環境で如何様にも変化しますからね。

ですから契りを結ぶ理由に「価値観が合ったから」ではなく「好きになった人と価値観を擦り合わせても一緒にいたいから」が本当のところだと思います。

そして別れる時「価値観の相違」ではなく「価値観を合わせたくなくなった」が真実なんです。つまり、もう好きじゃない人に労力を尽くしたくないし努力できませんってことですね。

ですから、結婚やお付き合いに対して末永く続けていきたければ双方が「お互いに価値観を共有して擦り合わせていけるか」ということが大切になっていきます。

そもそも、家族や親族という血のつながった人たちだって価値観が全然違うのに、全く違う環境で育った赤の他人がピタっと合う訳なんかないですからね。合うかどうかではなく、お互いに合わせていける気持ちがあるかどうかです。

自分の価値は変わらない

自分の価値は他人が決めると思い込んでいる人が多いように思います。

もちろん仕事でも勉強でも基準があって評価の対象にはなります。しかし、それに満たなかったら価値がないと思うのは間違いです。

世の中は、それぞれのフィールドで優劣の評価をつけます。それはジャンルによって判断基準があって、レベルを分けたり、その人の能力を測る必要があるからです。それによって本人たちの競争意識や士気を高める要因にもなります。

ですが、そのフィールドで活かす能力に差異があっても人としての自分の価値は何も変わらないんです。価値は人の評価ではなく、自分という存在に既に持ち合わせているものです。人に何か言われて揺らぐような薄っぺらいものではありません。

私が今回言いたかったのは人の言葉に振り回されて自分の価値を見失わないで欲しいということです。自分の価値とは生まれた時から既に持っているものです。自分の人生を一生懸命頑張っていたら、更に輝きます。自分を大切にしていきましょうね。

澄んだ冷たい空気を深く吸い込んで

どんどん寒くなってきましたね。私は雪国育ちなのですが、冬や寒さにとても弱いです。お恥ずかしいですが・・・ですから、これから寒さに戦々恐々としています。

そんな寒さに弱い私ですが、唯一好きなのが『澄んだ冷たい冬の空気』なんです。あ、もちろん外に出る時は完全防寒はしていますよ。寒さ対策万全で、晴れて澄んだ朝や今日の終わりを知らせる静まり返った夜に目を閉じて大きく深呼吸をします。まだ寝ているような体が目覚めたり、疲れてぼやけた頭がスッキリしたりします。

あと冬の夜空がとても美しくて、子供と星座の図鑑と懐中電灯を持って調べながら空を眺めたりします。その時も庭に寝そべって目を閉じて大きく深呼吸をします。そうすると、すごく思考が冴えるんですよね。それと同時に何か苦しい心の閊えが楽になるような気持ちになります。曇っていた心が澄んでいくような・・・

深呼吸の重要性について今度ブログを書きたいと思っておりましたが、冬の足音が聞こえてきましたので先に凛とした冷たい空気を味わって自分をリラックスさせたり、シャキっとした気持ちになってもらえたらと思い綴りました。よく頑張っている自分の体を労わるように深呼吸してみてくださいね。

他人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない

タイトルの言葉はロシアの文豪レフ・トルストイの格言です。今回はこの格言を選びましたがトルストイの格言は本当に身に染みるものが多く、すごく学びがあります。もしご興味のある方は、本も出てますしネットでも掲載されていると思うので見てみてくださいね。

さて、この言葉ですが私が少し言い換えると「他人の不幸の上に成り立つ幸せなど無い」と思っています。断言しちゃってますね。なかなか切れ味鋭い言葉になりましたが、これは絶対です。10/14に書いたブログ「自分がされて嫌なことはしない」にも書きましたが正しく一生懸命頑張っていても知らないところで誤解が生まれたり、人を傷つけてしまうことってあります。ですから、敢えて傷つけにいってはいけないし更に踏み台にするのは言語道断なんです。

人を傷つける言葉を簡単にぶつけることが出来る世の中ですし、自分の中で感情を咀嚼せず思うがまま吐き捨てることが出来てしまいますよね。それは行動も然り。だからこそ、一旦立ち止まったり、自分の中で噛み砕く作業は必要なのではと思います。私自身もフットワークの軽い風星座ですし、俊敏性のある運気も持っています。だからこそ感情を数日「寝かせる」作業を必ずしています。

今抱いている感情は果たして何なのか?自分が正しいと思いすぎていないか?と理性をもって気持ちを整理するようにしています。数日すると忘れてしまったり、自然と消化されていることが多いです。つまり、大したことないってことなんです。ですから徒に感情を振り回さない、人を簡単に傷つけないということが出来ていると思います。

誠実に生きていても知らぬ間に傷つけてしまうこともあるのに、敢えて自ら傷つけにいく行為は必ず自分に返ってきます。返ってくるタイミングが早いか遅いかだけです。ですから、傷つけられた側も憎悪を向ける必要はありません。憎むまでもなく勝手に転げ落ちますからね。自分がどうありたいかが大切です。話が散らかりましたが、ご参考まで。

抱きしめたくなる気持ち

私はリモート占い館限定の占い師です。理由は住まいが遠方だからです。

お客様と電話で鑑定をしていると本当に頑張り屋さんな方や一生懸命努力されている方がいらっしゃって、対面鑑定で目の前で鑑定出来たらどんなに良いかなぁと感じることがあります。

とてもお辛かっただろうな・・・苦しかっただろうな・・・と、お客様のお話だけでなく運気や星回り、タロットなどでもご苦労が垣間見えて胸がギュッとなることがあります。

対面鑑定だったら抱きしめてしまいそうなくらいです。もちろん急に抱きついたりしないので安心してくださいね。そういった気持ちになるということです。

占いを楽しみにしてくださったり、興味いっぱいで来て下さるお客様もいらっしゃいますが、限界まで自力で耐えてきてしまった方も多くいらっしゃいます。本当に本当によく頑張っています。低調期は誰しもあって人生の冬のような時期はどうしても避けられません。これは誰でも必ずです。どんなに頑張っても上手くいかない時があるんです。そんな時を知り、今は耐え時と知れば必ず春が訪れますから少し踏ん張れますよね。この苦しみが一生続くのでは・・・と思うと心が折れてしまいますから。

占い師である私ももちろん訪れます。その時、如何に過ごすか何に気を付けるべきかを様々な占術でアドバイスをもらっています。人生には努力ではどうにもならないことがあります。自分が頑張れば何とかなる・・・訳でもないんです。力を入れるところ、抜くところを理解して心が壊れてしまわないようにバランスを取る必要があります。自分に厳しすぎないでくださいね。もう十分頑張っていますからね。毎日、本当にお疲れ様です。

大人だって頑張ってる!偉い!

以前もブログで大人になると何でも出来て当然のように思われて大変だと書いたことがあります。毎日必死で精一杯でも『大人なんだから当たり前』『親だったら当然』という言葉が苦しくもなり、何だか悲しくなることがあります。ちゃんと出来ていなかったら不合格みたいな・・・

でも、私は『当たり前』なことなんてないと思っています。それは独身でも夫婦でも若くても年齢を重ねていても、毎日自分が出来ることを精一杯頑張って過ごしたなら『すごい』ことだと思っています。褒められないし、追い詰められることもあるかもしれませんが、今日という日を乗り越えたことは本当によく頑張っているんです。

大人だから当たり前、大人だから当然なんて思う必要がないんです。

よく頑張っているし、毎日お疲れ様です。誰からも褒められないと思うかもしれませんが、私は敬意を込めて称賛を送らせて頂きます。

お客様でも私の周りの方々でも本当にとても頑張ってらっしゃる方ばかりで頭が下がります。ですから、自分を卑下しないでくださいね。

余談ですが今日、本当にクタクタになってしまって子供に「大人は頑張っても褒められないんだよねー」とポロっと言ってしまったら、子供が私の手を握って「ママは一番頑張ってるよ。すごいと思ってるよ。ありがとう」と言ってくれて、ぐっときて「ありがとー!!」と抱きついてしまいました。今もブログを書きながら思い出してウルウルしています(笑)子供に気を使わせてしまいましたが嬉しかったです。今日も本当にお疲れ様でした。