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『体裁』は自分を幸せにしてくれますか?

『体裁』というのは、見かけ・見栄えを言います。同じような意味では『世間体』とも言いますよね。この体裁や世間体という内面を伴わない格好が自分を幸せにしてくれるか?と思うことがあり、ブログに綴りたいと思います。

家から一歩外に出ると社会の一員として常識的な振る舞いは大切になります。共存する人間同士、人に気遣う気持ちは生きていく上でとても重要に思います。しかし、体裁を気にするというのは気遣いではなく「自分がどう見られているか」という上辺の話になります。

表層的な部分で自分がよく見られたいエゴの為に我慢していることはありませんか?こういったことは特に家族関係、夫婦関係に多いように思います。他人に迷惑をかけない前提があれば、人からどう思われるかよりも、自分が自信を持って幸せだと思える状況を作り出す必要があります。

実体のない幸せを表面的に取り繕うことは、今は良くても後々に後悔という形で自分の心や身体を蝕みます。生きていれば我慢することも踏ん張ることも多分にあります。しかし、その我慢や踏ん張りは『体裁』つまり体の良い我欲ではないですか?表向きどうかよりも心から幸せを感じられる選択を自分の中で出来るようになると、幸せから自分の方へ寄ってきます。ぜひ、参考まで。

行き詰った時に必要なもの

一生懸命生きていると必ず行き詰る状況と遭遇します。

そんな時、打開する方法をお伝えできたらと思います。これは、恋愛でも人間関係、家族関係、お仕事でも同じですので、ご参考まで。

行き詰った時に必要なものは『素直な気持ち』になります。そもそも行き詰るということは、迷路でいう行き止まりになります。でも、自分はこの道が良いからといって壁に体当たりして突破しようとしますか?どこまで高いか分からないような壁をよじ登りますか?多分、迷路だと「違う道を探そう」と柔軟な気持ちでその場を離れるように思うし、万が一はしごがあったり壁を乗り越える手段があれば、それを素直に利用しますよね。

その柔軟で素直な気持ちが大切だということなんです。体当たりしてズタズタのボロボロの状態になっても諦めない頑固さで自分を壊してしまう状態というのは人間関係に置き換えても得策ではありませんよね。一生懸命頑張っても仕事が進まない時、プライドでやせ我慢する・・・ことも悪くはないですが、続くと心も体も弱ります。頑張っても難しいことを打ち明ける勇気や素直さがあると、状況は少し変わってきます。

全てにおいて上手くいくということではないですが、こういう考え方もあると思ってもらえると良いかと思います。努力している人、頑張っている人ほど行き詰りやすいです。一人で悩んで抱えて苦しくなって・・・能力がないとか出来ないと思われたくないですしね。その頑固さで自分の心と体を壊すくらいなら素直になった方がよくて、いくらでも挽回するチャンスはありますから自分を大事にする意味も込めて『素直な気持ち』を大切にしてくださいね。

占いは羅針盤🧭

占いは『人生の羅針盤』と、お伝えしています。

自分の進む道を指し示してくれたり、願いに向かって最短経路を教えてくれたり、自分が間違った方に向かっていることを伝えてくれたり・・・私自身、何度も何度も助けられていると思っています。

ただ、舵切り(行動)するのは自分です。どのようなアドバイスや結果でも『聞く心』がなければ何の意味も成しません。自分にとって不都合な結果であっても、そこに必ず気づくことや学びがあるんです。それを必ず教えてくれますからね。

スピリチュアルも占星術もタロットもどんな占いに関しても『魔法』は存在しません。もちろん、願いを叶える方法はいくつもあります。でも、それは『魔法』ではなく『羅針盤』を使って確実に自分が行動することで結果を得られたということなんです。

例えば私の経験で言うと、家を建てるための土地がほしいと思っていました。その前に九星気学で吉方吉日をみて海外旅行に行き願望祈願してきました。それから、時間のある時にハウスメーカーに行ったら「お客さんが望むような土地は3年くらい探しても見つからないよ」と言われてしまいました。「希望の土地を見つけるって、そんなに大変なんだ・・・」と思いつつ、翌日は吉方にある地元の工務店に「もし良い土地があったら声をかけてほしい」と伝えに行ったところ欲しかった土地の形、場所を売り始めたところだったんです。すぐに押さえてもらって購入して家を建てることができました。

これからも分かるように占いという『羅針盤』に助けてもらいながら自らが行動してくことで願いや思いを叶えることができるという訳です。今回の例は九星気学でしたが、他の占術も例にもれず羅針盤の役割を果たします。ただただ願って目の前にポン!と現れるわけではないんです。羅針盤の指し示す方向に、誠実に着実に進むことで得られる結果ということです。ご参考まで。

怒りを散らす方法

誰にでも怒りという感情は存在します。

もちろん、私にも。でも、私は怒っている自分が好きじゃないんです。顔も怖いし、言葉も攻撃的になるし、感情的な怒りから何も生まれないので生産性もよくないと思っています。それでも怒りが湧いた時、私は「散らす」ようにしています。

例えば態度の悪い店員さんがいたとします。対応も悪く雑に扱われた時、私の頭では「今日は体調が悪いのかもしれない」とか「もしかして恋人とケンカしたのかもしれない」なんて辛いことがあった後なのでは?と思うようにしています。そう思うと、逆に親切な気持ちになって労わる気持ちまで湧いてきます。

全ては視点を変えることです。人によっては「店員はプロだろ。それでお金貰っているんだから、態度が悪いことは許せない」と思う方もいるでしょう。考え方は間違っていないと思いますが、怒りに支配されて自分をなかなか切り替えられず過ごすことは健康的なことでしょうか。そう考えると怒る時間が不必要に長いことは精神衛生上もよくないように感じるので見る角度を変えて健康的な視点を得る方が幸せなのではと思います。

怒ることは決して悪いことではありません。人間にとって当然の感情ですので、自然なことです。ただ、常に怒りを纏うことは医学的にも健康に影響すると言われていますから、ずっと持ち続けない方が良いし、切り替えられるなら早めに切り替えられた方が良いと思っています。それに誰であっても同じ人間で、一生懸命頑張っていますからね。私の信念としましては誰に対しても敬意を持ち、嫌な対応をされた時こそ優しく普段より丁寧に応えることを意識しています。「愛で心を溶かす戦法」です。

ツインレイと結ばれる?

・・・必ずしもそんなことはありません。

確かに惹かれるものや引き付けられるものはあります。それに中には結ばれる方もいらっしゃるでしょう。しかし、今世に生まれてくるまで、どれだけの人生を乗り越えてきたと思いますか?どれだけの経験を磨いてきたと思いますか?魂を分けた一滴の出会いと聞くと神秘的で美しく思いますが、それが運命の相手だとか結ばれるべき人かと言えばNOです。

もっというと魂の家族みたいなものなので、自分の家族を思い浮かべてみてください。家族だからって全員相性合いますか?同じ釜の飯を食べたからって同じ価値観ですか?違いますよね。家族であっても分かり合える訳ではないし、しょうがないと諦めたり妥協しますよね。腹も立つし話が通じない時もあります。酷いと絶縁だってある訳で。そんなもんです。

美しい響きや神秘的なことが好きな方には痛烈なブログとなりました。すみません。

ですが、実際に恋愛や人を大事に思う時、そんなことで判断しますか?魂を分けたとはいえ、別の魂ですから。自分の魂を今世まで必死で磨き上げてきた人と変わらないで来た人とでは差が生まれます。魂にだって差がある訳です。ですから大事な人が「ツインレイ」と言われたら嬉しい♡レベルの気持ちに留めておくと、その言葉にしがみ付いたり固執することはないと思います。

ちょっとハードモードなベルでした。

感謝

9月より鑑定料金が変更になります。

現在10分1100円→9月から10分1650円となります。

占いハートフルでリモート限定で鑑定をさせて頂き、尊敬する先生方、素敵なお客様に恵まれ感謝の絶えない日々です。

より技術と知識を磨き、研鑽を積んで参ります。一人でも多くの方のお役に立てますよう邁進して参りますので、これからもよろしくお願い致します。

働いている方も主婦の方も学生さんも毎日大変お疲れ様です。

それぞれの立場でそれぞれの苦労があります。自分から見ると輝いて見える人も楽そうに見える人もいると思います。でも、それは傍から見た自分も同じように思われているんです。「苦労してます!」ってタスキをかけて歩いている人がいないように何気ないように皆さん生きてらっしゃいます。悩みや苦労があったとしても。

何気ないように頑張っている皆さんが心情を吐露して楽になれる居場所になれたらと思っています。もちろん、しっかり鑑定もさせて頂きます。どうしたら良いか行き詰った時、自分では気持ちが抱えきれなくなった時、何となくお話したくなった時、どんな時でもお待ちしております。皆さんのお声を聞かせてくださいね。

まだまだ暑い日が続いております。ご自愛くださいね。

意地悪な人から学ぶこと

人生は至る所に学びが転がっています。

楽しいことや熱中することだけが学びではありません。日常の些細な出来事も自分の中にない感覚は全て学びになります。

今日、子供と一緒にいる時に、とても意地悪な人と遭遇しました。コミュニケーションを取る必要があったので会話をしたのですが、立場を振りかざして乱暴な物言いをしてきたんです。私は淡々と必要な説明と最低限の会話に留めて訂正も反論もしませんでした。その意地悪な人と離れてから子供が「あのひと、ことばがきつかったね。らんぼうだし」と私にこそっと話してきました。

私は「とても優しい人もいっぱいいるけど、残念ながら意地悪な人もいるんだよ。それは子供でも大人でもおじいさんおばあさんでも。でも、自分が嫌だな、乱暴だなと感じたことは人にしないっていうことが大切なの。同じように乱暴に返したり嫌な言葉を使ったら意地悪な人と同じになっちゃうからね」と言ったら子供が「そうだよね。『はんめんきょうし』だね」と言って一緒に笑いました。

嫌な出来事や嫌な人と出くわすと「ついてない」とか「むかつく」とだけ思って終わるともったいなくて、こんな嫌な人も世の中にいるんだなぁという一つの経験だと思うと、少し気持ちが落ち着くように思います。正直、嫌な気持ちにはなりますが(笑)嫌な経験も必ず学びがあるので子育てでは嫌な気持ちを共感しつつも違う視点や「あなたの味方、必ず守るからね」と不安を取り除いて安心感を与えてあげると良いです。子育てに正解はありませんが、子供がスクスク伸び伸び成長できることを一番に考えて行動できたらと思います。

気持ちを吐き出してみて

なかなか人に言えないことを抱えていませんか?

頭では理解していても心や行動が伴わなかったりすると、自分の中でギャップが生まれて苦しくなる現象が起きます。「何で納得したはずなのに苦しいんだろう?」とか逆に「呑み込めていないのに行動(仕事・恋愛・人間関係)は続けていかなくてはいけない・・・辛い」という風に頭と心が捻じれてきます。

この捻じれは時間が経てば経つほど解くのに時間がかかります。

自分の中でモヤモヤしたものを抱えたまま暫くするとモヤモヤしたことが日常となり、クリアにならないままモヤモヤが増えては抱えて、増えては抱えて・・・を繰り返してしまいます。そうすると、自分の力ではどうすることもできない位、心が不透明になっていきます。「本当の自分って何だろう」とか「自分って何しているんだろう」という曖昧な問題に包まれていくように思います。

人によっては誰かに話すことで話しながら整理できる賢い方もいらっしゃるし、ちょっとしたアドバイスで気づける精神性の高い方もいらっしゃいます。内容によっては話すだけでモヤモヤを吐き出せる器用な方もいます。誰しも自分なりに消化するための能力を持っています。消化する方法は人それぞれ違いますが、話すことがきっかけになることが多くあるように思います。そして話すことが問題解決しようとする行動の一つでもあります。ですから、なかなか周りに言えないようなことや一人で抱えている問題があれば、ぜひ占いへ来て話をしてみてください。

以前もブログで書きましたが、私にとってお客様は大切な人の一人です。「大丈夫かな?」「お身体辛くないかな?」など、いつも心配しております。一人で抱え込むよりも自分の気持ちを吐き出せるところを見つけて吐き出してみてください。それが既に問題解決の一歩となっています。

与える人こそ与えられる

自分自身がギバー(与える側)なのかテイカー(与えられる側)かという議論を耳にします。その二種類のバランスを取るのがマッチャーと言います。こういった人種を分類するようなものって、人気がありますよね。分かりやすいので、誰でも理解しやすいし、人というのはカテゴリーを分けると安心する性質を持っていますから流行るのも分かります。

しかし、実際はこんな簡単な分け方が出来るわけがありませんよね。でも、人の性質としてハッキリ分かりやすくカテゴライズされると理解が早いし精神的に楽になるので分けたがりますが・・・

ほとんどの人は大きなグラデーションを持ってギバーであり、テイカーであり、マッチャーという性質を持ち合わせています。そのうちパーセンテージが多いのはどれかということであって。

そして得る側になりたい人こそ理解してほしいのが「与えるからこそ与えられる」ということです。与えられているように見えて羨ましく感じる人ほど、しっかり人に尽くしたり存在自身が与える側にいます。この世の中、ただただ得るということはあり得ないということです。まさに「自分のしたことが返ってくる」つまり因果応報ということです。

ですから言葉やカテゴリーに惑わされて自分や人を決めつけるのではなく、親切にしたら親切が返ってくるし優しくしたら優しさが返ってくるとシンプルに考えてみてくださいね。

壊れたものは元に戻らない

人は目で見えるものに対しては「壊れたものは戻らない」と分かっているのに、それが心や目に見えない気持ちとなると、なぜ「戻る」と錯覚するのでしょうか。意地でも元の形に戻したがるのでしょうか。残念ですが、心だって元通りにはなりません。

よっぽど元の形が理想的で居心地がよくて幸せを感じれたのかなとは思います。でも、自分で壊したり歪めておいて、そんな虫のいい話はありません。ですから、壊してしまったなら壊したところから自分で作れる新しい形を構築する必要があります。

友人関係においても恋人関係においても相手を傷つけたり裏切ってしまったとしても、まだ友人でありたい恋人でありたければ壊したことを詫びる必要があります。そこから失った信用を取り戻すべく『元の形に戻す』のではなく、現状からいつか笑い合える状況に至るまで関係を作りあげていくしかありません。相手から「いらない」と思われなければ新しい形を構築することはできますから。

覆水盆に返らず、破鏡再び照らさず・・・なんて言葉もございます。元に戻そうとすると戻らないので苦しくなります。それよりも今できることを努力して積み重ねていく方に意識を向けてみることをオススメ致します。