「恩送り」身体がなくても想いはのこり受け継がれてる

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まんまマリアです。いつもお読みくださってありがとうございます。

〔#10〕今日で10日目のブログとなりました。まだかきたいことや伝えたいことがたくさんあることに感謝しています。
さて今日はひきつづき、ことばのお話しをかきますね。テーマは「恩送り」です。

「恩返し」と「恩送り」

「恩返し」というのは、恩を受けたひとに直接お返しすることですが

「恩送り」とは他のひとが、また他の人へと次々に恩を送ることをいいます。
だれかが受けた「感動」は恩という感謝となり、また他の方に送ります。また感謝が生まれることでしょう。このように想いは残っていくことでしょう。素敵なことですね。

感動とはどこから生まれるのでしょうか

では感動はどこでうまれると思いますか。

1・言葉と行動が一致すると人に信頼される
たとえばこういうのはどうでしょう。言葉と行動が一致しないときときの例をあげますね。
毎日でも仕事できますので、沢山仕事をくださいといっておきながら、仕事が多いと文句をいって辞めてしまう。
やるということばを発したならばできる限りのことをするという行動が必要だと思います。

2・与えられたこのこころと身体で最善をつくすこと、結果は期待する必要はない
「善」とは、わたしという個性を表現できているときとしておきます。全力をつくしたとき、誰にも気づかれなくても良いのです。結果はどうでも良いからです。

信頼が満足を生み感動が生まれて感謝になります。

ありがとうがひろがる世界をつくる


ひとりのひとが100人に伝えることはできないかもしれません。目の前にいる人にあたなの最善を尽くす。その恩は無意識にこころの中に感動というしおりをつけて、いつでも出せる状態になっています。

ありがとうが言える世の中は無意識にした行動が感動を与えるものになると思います。そこには期待がないからです。そんな世界をわたしはつくりたいと思います。

今日はこのへんで、最後までお読みいただいてありがとうございます。
明日も良い一日になりますように。

ーまんまマリアー

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