占い師になる前

占いで離婚。占い師の質問で本当に大切なことがわかる

人生の大切なとき

こんにちは。このブログでは、好きな占いで生活ができるようになるまでの
事実と心の動きをご紹介してまいります。

はじめから占い師になろうと思っていたわけではなかったです。会社を辞めたきっかけも、離婚を決めたときも、元々は占いのことばが響いたからでした。人生の大切なときに問題や事件と占いがありました。
わたしの問題や事件とは避けて通れる問題もありました。しかし一度やり過ごしてもまた訪れるものでした。

わたしの家族

私の家族は夫と夫の両親、夫の祖母の4人暮らしです。子供はいません。子供ができないのは、いつか出来るよと
時間が解決すると思っていました。夫との関係も、時間が解決すると思っていました。しかし時だけが過ぎていきました。
気づくと結婚19年。

占い師のことばで背中を押された

なにもかもうまくいかなかった。仕事も家庭も。自分のことなのに、向き合おうとしていなかったのは事実です。いま思うと全部他の人のせいだった。ある日、友人の紹介で占いをしてもらいます。このとき心に響いたことばがひとつだけありました。
「家にいない方がいいよ」すべてはここから始まりました。

次回に続きます。
最後までお読み頂いてありがとうございます

 

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占い師になってみた人

夢を叶えるために行動するシンプルな方法

いまとむかしの夢

みなさんは夢をお持ちでしょうか
幼いときのわたしの夢は魔法使いになることでした。
好きな物に変えることができて、欲しいものを作り出すこともできる。更に自分の願いを叶えることができるのです。
今でも変わらない夢のひとつになっています。

2011年の東日本大震災がきっかけで生きている自分に何ができるのかと考えました。
自分と同じ境遇で悩んでいるかたがいればお役に立ちたい、自分というものを表現したいと考えるようになりました。

・ 離婚したいけどできない
・ どこにも居場所がないと思っている
・ 会社が嫌でしょうがないかた

 

夢を叶えるためにしたこと

正社員で15年以上勤めていると会社を辞める覚悟ができるまで何年もかかりました。
「夢があるからという動機だけで会社を辞めることが出来ない!」そのような自分と向き合うことになりました。
覚悟には何か大きな責任が付きまとうのです。
会社を辞めることにしたのですが、あなたにしかできない仕事があるからという理由で同じ会社でアルバイトをして一年食いつなぎました。まだ自分の収入が断たれる不安と葛藤していたからなのです。
しかし、時間だけは待ってくれません。時間は先延ばしに付き合ってくれても夢をかなえてはくれませんでした。

夢を叶えるために何か行動するのならば「必要のない経験をする必要がない」と気づいたのです。
いま、わたしには同じ目的をもつ仲間がいなくてもわたしひとりが始めれることができれば!

この行動ができたら
何万人に影響を与えることはできないけど、確実にひとりに影響を与えられると思ったのです。
そしてそれが自分の願いになると信じられたから、離婚と会社を辞める決断をしました。

 

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これまで歩んできた人生

小さいころ

静岡県生まれで、ものごころ着いたときには
岩手県の山奥に住んでいました。
近所にお店が一軒もない集落です。
町まで歩いて40分かけて買い物をしていました。
山奥にいるので、小学生のころはいじめられた経験もあります。

さらに家も貧乏だったので、生活保護を受けておりました。
役所の監査員は金めのものがあると、
文句ばかり言っていたことを覚えています。

私には誕生日がふたつあります。
戸籍の誕生日と生まれた日。
12星座でいうと別々なので嫌な思いをしたことを覚えています。

性格は本当に生まれた日が合うような気がしているました。
一方で戸籍の誕生日の星座でも合っている気がしていました。
このころから、あまり占いに対する不信感が増えた気がします。

中学では軟式テニスに入っていました。
高校も軟式テニスをやって真っ黒になっていました。
高校を卒業したらすぐに就職するつもりだったので、
工業系の学科で学び、そのまま地元の会社に就職しました。

20代

1993年、職場内結婚
2009年、勤めていた会社は早期退職する
私の仕事はCADを使いスマートフォンなどの電気機器に入っている
臓部の基板を設計していました。

30代

2010年、同じ職場の上司が起業した会社で
同じ設計業務を継続した。
ときには海外の製造現場で設計した製品の
状態を確認することもあった。
海外の工場の認定のような仕事も関わった。

2011年、東日本大震災がある。
この後、強烈に生きることがつらくなっていく。

2012年、悩みすぎて、用事を作って何度か家出をする。

生き方についてセミナーに通ってせっせと勉強する。
セミナーの帰りに離婚を決意。その年の11月離婚をする。
2013年、地元から離れて神奈川県小田原市で暮らす。
会社を辞めて、今までいた会社でアルバイトという名目で仕事を継続する。
どうして小田原かって?それは住みたいと思ったから、ただそれだけだった。

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2014年、夏、兼ねてから夢ノート通りに
アメリカアリゾナ州のセドナに行きました。
ここでアメリカ人にタロット占いをしてもらい
自分がやりたいことが明確になったのです。
同年12月、設計の仕事を辞める。辞めた理由は
「他にやりたいことがあるから」

既に42歳です。やりたくないと思った仕事は無理にやる必要はないだろう。
人生の半分が終わったのだからと思いました。

今の私に何も失うものは無い。
・設計の仕事はやりたい人が他にも沢山いる、その人たちに任せればいい。
その方がみんな幸せです。

そう気づいたから辞めました。

 

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