会社を辞めて占い師になってみた

占いを学ぶきっかけは?4人の占い師のつくり方

テレビ撮影の日「占い師になるには」

会社を辞めて収入なしで占いの勉強をする生活をしています。
あいかわらず、両親にも兄弟にも「占い師になると・・」
話せないままテレビに出ることになりました。

この取材で、「なぜ占いの勉強をしているのか?」ということを
問いかけてもらえたことは、占い師になる目的がみつかる
きっかけになるのだと思います。

撮影の日、わたしは芸能人に会えるしワクワクして
何を着て行こうかなと考えて教室へ向かいました。

「占い師になるには?」という題材で学校の取材です。
このときは、本当にオンエアになるかどうかはわかりませんでした。

テレビ東京のセンニュウ感という番組
2015年5月24日放送 「占い師の世界」

センニュウ感取材占い師の世界

授業風景とインタビューの様子が映りました。

「占いを学ぶきっかけは?」

インタビューをしてくれたのは左が高倉さん、右が久保さんです。

お笑い芸人『三拍子』さん (さんびょうし)

久保さん
「占いを学んでいるかた3~4人のかたに質問です。占いを勉強するきっかけはなんですか?」

Aさん「心理カウンセラーをしていたので、その経験を活かせればと思いました」
Bさん「ある占い師にあなたのことばには、魂がのると言われたからやってみたいと思いました」
Cさん「マッサージをする仕事をしていました。人をいやす意味で占いも同時にやりたかったので」

わたし「会社員をやめて占いを勉強しました。魔法使いになりたかったからです」

久保さん ・・・顔が引きつってました・・・!
わたし「冗談です。ひとの役に立ちたかったから」

とお話しをさせていただきました。

占い師のつくり方

占いを学ぶ動機はみな違うもので
ここまで来た背景が違うので学んで活用する方法も多様なのだと思います。

占い師になる動機は、はじめるうえで必要な要素です。
たとえ学びの最中であっても、常に自分に問いかけることで
そのまま、占い師の在りかたにつながります。

占い師になるだけでなく他にも目的ができると『続ける』ことができます。
占いを学んだからといって占い師にならなくても良いし
この経験が人生において役に立つかどうかも決まっていることではないのかもしれません。

占い師には99%なれるでしょう。但し、続けることができる人は20~30%です。
5年以上続けられる人はさらに少ないでしょう。

この取材で、占い師になると両親になかなか告白できない自分と向き合い
なぜ占い師になりたいのか?を問われた一日でした。

あっ、そうそう両親は関東に住んでいないので、
テレビを見て内緒がばれる心配はありませんでした。

 

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占い師になってみた人

占い師クビになりました。捨てる神あれば拾う神あり

たとえダメになっても次のチャンスはある

占い初心者が集客をしたり、ブースに出るというのは難しいと思っています。
たまたまご縁があって、箱根で占い師の仲間入りをしました。
この場所が私にとってのホームになればと願っていたのに、占い師をクビになってしまいました。
クビになった理由やどうやって、救われたかご紹介します。

400_hakone

写真は桜の咲く季節
箱根登山鉄道の写真です。
初夏はあじさいが車窓を彩ります。

このころの箱根は火山活動の影響で観光客はまばら、
もちろん鑑定に来てくれる人もほとんどいませんでした。

占いの収入が無くても、電車で箱根に登るのがとても楽しみでした。
バスで登るよりも、電車は時間がかかるため朝はバスを利用することも多かっです。
こんな風に観光客気取りで余裕をかませるのは
交通費が支給だからなんです。ありがたや、ありがたや

<占い師さんとの出会い>
占い師が続々とメンバーに加わってきました。
中でも近所に住んでいる先生と仲良くなり、会話もはずみます。

先生はパワーストーンに詳しく、アクセサリーをご自身で販売されている方。
二人でお店の石の販売に対して私達の考えをご提案させていただいたのです。

しかしそれは、受け入れてもらえる内容ではなかったのです。
今思うと、占い師目線だったのかもしれません。

どんなお店にするか決めるのはオーナーしだい
占いの他にパワーストーンを販売するお店に
とって難しいのは、占い師が石に触れることです。
触ることが悪いのではなく、あまり提案しすぎるものではないということ。
あくまでも、占い師ですから本業の占いに力を入れるべきでした。

箱根の観光客の減少は商売をするものにとって痛手です。
ご来店される人数も少なくなりました。

お店側は占い師さんを抱えていける余裕がなくなり、交通費の支給も難しく
結局私達は、クビになったわけです。
このクビになるときにもドラマがありました。

クビになった理由とは

箱根でしばらく落ち着いて占いをすることを望んでいました。
ところが箱根の火山活動の影響で観光客が減り状況が変わっていきます。

この日はオーナーと一緒にパワーストーンを買い出しに東京の御徒町まで行く予定でした。
仲良くなった占い師さんと私は、オーナーの付き添いです。

9時に小田原駅で待ち合わせをしたのですがオーナーの姿が見当たりません。

電話をすると
近くのカフェに居るとのこと

「え・・なぜ、カフェに居るの、
 意味がわからない?」

<指定されたカフェに行ってみる>
お店の経営状況の悪化から、
これ以上は仕事を頼めないとお話しされていました。
そして、私達の提案を受けられませんと丁寧にお断りされたのです。

私達占い師たちがお店側に提案していた内容は
簡単にいうと、もっと手伝うのでお金をくださいねというもの。
・交通費の支給
・石の加工料金の設定
・戦略に関しての提案

私の本当の気持ちは
「このまま箱根で占いをしても収入が見込めないから、これ以上は無理かな・・」
なかば強引に話を切り出しました。

自分では良かれと思っていてもオーナーの立場からは、ただのおせっかいに
なっていたのかもしれません。
みな精一杯やっているのです。

カフェで別れた後、私達は予定通り東京の御徒町へ向かいました。

小田原駅から上野の御徒町駅までどんこう電車で2時間かかります。

駅につくと電話が鳴りました。
電話の相手は占いの教室の先生。
御徒町駅にほど近い湯島のブースにいらっしゃるとのこと。
ちょうど近くにいるのでお会いして話をすることに。

なんと、湯島の新しいブースのお話と占い師として出演のお話しでした。

さっき、クビになったばかりなのに次の場所がみつかるなんて奇跡です。
しかも二人とも!
クビになった当日に他から声がかかったのです。

出演が決まったのです (パチパチ)
この日は本当に不思議な日でした。

問題は東京まで距離があるということ。移動時間は2時間です。
さあどうしたものか。ここまで来たらやるしかないでしょう。

 

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占い師になってみた人

わたしが箱根で占いをしたワケ

占える場所を探す

こんにちは。このブログでは、好きな占いで生活ができるようになるまでの
事実と心の動きをご紹介してまいります。

4か月間で占いの学校は一通り終了となりました。

心理タロット講座は何度でも再受講が出来ます。
現役の占い師で活躍をされている方も
講座を受けた生徒なら受講ができます。それは安心です。

私はせっかちなので、早く占いで収入が欲しいと考えていました。
住まいが小田原市なのでどこかに、占い館は無いか探してみました。

採用規約に占い歴があることが条件のところは多くあるようです。
入力項目には占い歴が何年目ですかとあります。
「私は一か月目です!」
明らかに、初心者お断りなのではないでしょうか。
それは雇う側にしてみれば、当然のこと。実力の無い先生は使えませんからね。

占いを勉強しても試せる場所は限られてきます。
既に個人で占いはやってはいるものの、知り合いしか鑑定できていないし、
お客様は本当に少ないのです。

思いつくのは二つ

1.自分で集客して自宅や外で占いをする
(お客様が安定していないよね )

2.占い館に所属する
(すぐには私を使ってもれらえないよね )

結局この二つの課題は経験と実績なのです。とにかく今からやらないと始まらない!

残酷にも、占いをする場所が小田原市には少ない。
個人で占いをやっている方が多いかもしれません。

ネットで調べると何個か出てきました。
そのうち、お店を持っていらっしゃる方もいらっしゃいますが
到底、入れる訳もなく。

個人でやっているところは無理として

小田原駅に入っている占いがある。
ここはどうだろう・・・

しかし、
「占いの実績の無い自分は到底無理だろう」
と私ははじめから決めつけていました。
怖くて言い出せなかったです。

そこで、サラリーマンなら就活をするために
求人を探します。
私も同じように求人を探してみました。

小田原/占い/求人 では目ぼしいものはなく
箱根/占い/求人 では

ありました!!早速電話です。

箱根のお店に面接に行く

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占い講座を終えて、初心者が経験を積める場所を探しました。
住まいが小田原市ですので、市内の占い求人を探し
駅にほど遠い箱根で求人情報を見つけました。
お店は箱根に最近できたばかりのお店です。

電話をしてその日の内に面接をする手配をしました。
やりました !なんとか面接が出来そうです。

お店は箱根の冨士屋ホテルに近い場所にあります。
自宅の小田原市から車で50分ぐらい
箱根までの道のりは良いドライブコースです。
カーブが多くて思った以上に山道です。

岩手出身なので、曲がりくねった道はなんのその
冬になったら絶対に電車かバスで行かないと
事故を起こしそうな場所です。

箱根の切り立った崖と坂道は、電車だと
3回ぐらいスイッチバックして登っていきます。

この場所には公共の駐車場が少ないし高いんです。
日中、車を6時間停めたら1700円ぐらいかかります。
電車やバス代の往復とあまり変わりません。

<面接の結果>
面接ではオーナーを占うというものです。
ちょっと緊張しましたが
無事に採用になりました
占い師さんの曜日のシフトを組んで頂きました。

<待遇について>
交通費支給!
10分1500円で
占い師の歩合は50%
時間12時頃から18時ごろまで

占いの経験値は問いませんでした。

私は週1回勤務します。

この後、この場所で
いろいろな出来事や沢山の出会いが待っていました。
さてさて、どのぐらい続いたのでしょう。。

箱根で占いをする

占いの講座を終えて、経験を積める場所を探しました。
理想の場所を探した結果
箱根で最近できたばかりのお店をみつけます。
晴れて占い師の仲間入りです。

初めてのお客様
箱根に行くようになってから二週間目
はじめてのお客様がご来店されました。

やりました~

内容は覚えていませんが、
ドキドキしていたことだけ記憶しています。

占いの他に石のこともクビを突っ込む
ここはパワーストーンも販売しています。
私は石が好きなので
沢山の石たちといられのは幸せです。
石のセラピストとして石の声を聞いて
購入のお手伝いをさせて頂いています。

しかし・・・・。
私には興味がある石以外の
石の知識がほとんどなかったのです。
申し訳ない感じです ほんとにまじで

この場所で石と触れ合っていれば
名前や石の感覚をつかめるかな~と
そう思いました。

石と言っても丸く加工されたブレスレットは
持っていないし、あまり好きではないのです。

では、どのような石が好きかというと
岩から切り出したばかりのような原石が好きです

石の値段つけやショーウィンドゥの整理など
お手伝いをさせて頂きました。
もちろん自分の勉強を兼ねているのでボランティアです。
<このボランティアが後に問題になるんです>

毎日楽しく石と触れ合えて大変、感謝しております。
ありがとうございました

箱根の火山活動
この後、何週間も占いをするチャンスを失います。
火山活動が活発になり、入山規制がされた為です。
2015年の4月~5月ごろのお話です。
何度か突き上げるような揺れを感じました。

観光客が激減し日本人が圧倒的に少なくなりました。
外国人の方は結構いらっしゃったように感じます。

占い師デビューは順調にいかないものです

その後、私と出会う必要のある
占い師さん達と(きっとそのはず!)
なぜか同じ日に箱根のお店に集合するんです。
また風向きが変わっていきます。

カフェで占いをしませんかと声がかかる

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ほどなくして火山活動の影響もあり観光客が減少します。
占い師たちはクビ(もう無理、来なくていいよ)になりました。
今日はそのころ、よく遊びに行っていた場所を紹介しますね。

小田原でどこか占いができそうなカフェはないのかな~と
探していると声がかかりました

小田原市青色申告会の担当者のご紹介で

箱根芦ノ湖畔の「コトリエカフェ」のオーナーさんをご紹介いただきました。
「箱根のカフェで場所を提供するので、占いでもやってくれる人はいないかな?」
というものです。

ふたりで
・集客の方法を共に考えたり
・お店の前を通る人を呼び込む方法を考えたり
・箱根と占いのツアーを考えたり

一方で私は東京の占いブースに出る話もあって
この場所に来る機会も減り、そのまま収束してしまいました。
中途半端になってしまいました。

箱根で占いをする機会は少なかったのですが
軽いパーティーをしたり楽しい時間を過ごせました。

つないでくださったみなさま本当にありがとうございました。

近くに箱根神社があるのでご参拝の後に是非お立ち寄りくださいね。
お店の名前は「コトリエカフェ」です。パスタとコーヒーがおすすめです。

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占い師になってみた人

占い師になると言えますか?家族に話しにくいことでした

占い師になると言えない自分の気持ち

こんにちは。このブログでは、好きな占いで生活ができるようになるまでの
事実と心の動きをご紹介してまいります。

「わたし、仕事を辞めて占いするんです」と話しにくいですよね。特に、遠くに住む家族へなんと話すかずっと悩んでいました。家族には「仕事を辞めてから、今は何もしていません」と、それだけを伝えていました。兄にも妹にも占いを勉強中とは話していませんでした。今思い返すとわたしは、なぜ話せなかったんでしょうか。

・家族にバカにされるんじゃないか

・収入の面で心配かけるのではないか

・占いで食っていけるんだろうか

・占いに対する偏見がないのだろうか

・とうとう落ちぶれたなぁと思われるんじゃないか

不安なことばかり見つけては悩んでいました。そうやってまだ見ぬ未来のことばかり考えていたように思います。家族には、今やっていることを正直に話したとしてもどう感じるかってわからないのです。家族は私が幸せで元気でやっていればよくて、どんな仕事をしていようが、それほど関心はないんだと思いました。そう信じることが自然にできたように感じます。

家族に話せるようになるきっかけ

占いを勉強中に完全に吹っ切れた瞬間がありました。気持ちが切り替わったのはあるものを手放した瞬間でした。そのことはまた後程、お話しますね。
次回に続きます。
最後までお読み頂いてありがとうございます

 

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占い師になってみた人

占いで離婚。占い師の質問で本当に大切なことがわかる

人生の大切なとき

こんにちは。このブログでは、好きな占いで生活ができるようになるまでの
事実と心の動きをご紹介してまいります。

はじめから占い師になろうと思っていたわけではなかったです。会社を辞めたきっかけも、離婚を決めたときも、元々は占いのことばが響いたからでした。人生の大切なときに問題や事件と占いがありました。
わたしの問題や事件とは避けて通れる問題もありました。しかし一度やり過ごしてもまた訪れるものでした。

わたしの家族

私の家族は夫と夫の両親、夫の祖母の4人暮らしです。子供はいません。子供ができないのは、いつか出来るよと
時間が解決すると思っていました。夫との関係も、時間が解決すると思っていました。しかし時だけが過ぎていきました。
気づくと結婚19年。

占い師のことばで背中を押された

なにもかもうまくいかなかった。仕事も家庭も。自分のことなのに、向き合おうとしていなかったのは事実です。いま思うと全部他の人のせいだった。ある日、友人の紹介で占いをしてもらいます。このとき心に響いたことばがひとつだけありました。
「家にいない方がいいよ」すべてはここから始まりました。

次回に続きます。
最後までお読み頂いてありがとうございます

 

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占い師になってみた人

何も知らないど素人が占いを学ぶ

自分に合った学校を見つける

占いを学ぼうと考えたときどこが良いか探していました。私が選んだ学校を見つけたのはネット検索です。

会社を辞めて晴れてプー太郎になり、その夜に探し出しました。わたしはいつもやると決めたら早い。
タロットを学ぶにあたって選択の条件はふたつです。

1・早く勉強を開始できるところ
2・短期間で覚えられること

その理由は
学べばすぐにお金を手に入れられると思っていたから
そうすれば残りの貯金を使い果たす前にきちんと収入を得られると思ったから

 

しかし、現実はそれほど甘いものではないのです。すぐに食べれるようにならないし、貯金だってある程度必要になります。それは、独身と既婚者、お子さんがいる場合、両親と住んでいる場合など、生活スタイルは様々あるでしょう。収入は無くても生活ができることが学ぶときの条件だと思います。では、どれだけの月日をかければ占いで食べれるようになるのかというお話は別のブログ記事でご紹介していきます。

 

さて検索のほうに戻ります。「東京、占い、学校」で絞ってみました。2か所候補をみつけます。1つめの場所に電話しますが、誰も出ません。5分後にかけてみるがやっぱり誰も出ません。こちらは、ご縁が無いと感じましたのでやめました。2つめはメールで申込むと、直ぐに電話がありました。というわけで、こちらで決定です。

 

普通、みなさんは学校を選ぶとき無料見学にくるそうです。私の場合、住まいが小田原なので出来ることなら見学だけに出向くのはパスしたかったのです。電車に乗っている時間と電車賃がもったいないと考えました。もう、お仕事をしていませんので一日も早く勉強したかったのです。12月27日に申込み翌年の1/11の入学になりました。正月が挟まってしまって残念ですが決まってホッといたしました。

今からワクワク、ドキドキです。どんなことを学んで同じような仲間もいるのでしょうか。

 

占い師になれる「占い師独立講座」

この学校に決めたポイントはタロットのほかに占い師になることを応援しているので選びました。以前、占い師になるにはどのくらいの費用がかかるのかというテレビ番組を見たとき、およそ70万円と聞いていました。ここの金額は20万円。タロットと手相を学び、現役の占い師さんからノウハウを学ぶと占い師いなれるとのことでした。さらに本気と覚悟のある方には占い師として仕事ができる場を用意してくれるらしいのです。

本当に覚えられるか不安ですが、せっかくお金をかける訳ですから、しっかり元をとれることだけを考えてやって行こうと心に誓いました。

講座の内容です。
・心理タロット 合計4か月間 週2回 各2時間
・手相講座 合計4回
・人気占い師集客講座 合計1回

次回に続きます。
最後までお読み頂きありがとうございます。

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占い師になってみた人

夢を叶えるために行動するシンプルな方法

いまとむかしの夢

みなさんは夢をお持ちでしょうか
幼いときのわたしの夢は魔法使いになることでした。
好きな物に変えることができて、欲しいものを作り出すこともできる。更に自分の願いを叶えることができるのです。
今でも変わらない夢のひとつになっています。

2011年の東日本大震災がきっかけで生きている自分に何ができるのかと考えました。
自分と同じ境遇で悩んでいるかたがいればお役に立ちたい、自分というものを表現したいと考えるようになりました。

・ 離婚したいけどできない
・ どこにも居場所がないと思っている
・ 会社が嫌でしょうがないかた

 

夢を叶えるためにしたこと

正社員で15年以上勤めていると会社を辞める覚悟ができるまで何年もかかりました。
「夢があるからという動機だけで会社を辞めることが出来ない!」そのような自分と向き合うことになりました。
覚悟には何か大きな責任が付きまとうのです。
会社を辞めることにしたのですが、あなたにしかできない仕事があるからという理由で同じ会社でアルバイトをして一年食いつなぎました。まだ自分の収入が断たれる不安と葛藤していたからなのです。
しかし、時間だけは待ってくれません。時間は先延ばしに付き合ってくれても夢をかなえてはくれませんでした。

夢を叶えるために何か行動するのならば「必要のない経験をする必要がない」と気づいたのです。
いま、わたしには同じ目的をもつ仲間がいなくてもわたしひとりが始めれることができれば!

この行動ができたら
何万人に影響を与えることはできないけど、確実にひとりに影響を与えられると思ったのです。
そしてそれが自分の願いになると信じられたから、離婚と会社を辞める決断をしました。

 

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占い師になってみたひと

これまで歩んできた人生

小さいころ

静岡県生まれで、ものごころ着いたときには
岩手県の山奥に住んでいました。
近所にお店が一軒もない集落です。
町まで歩いて40分かけて買い物をしていました。
山奥にいるので、小学生のころはいじめられた経験もあります。

さらに家も貧乏だったので、生活保護を受けておりました。
役所の監査員は金めのものがあると、
文句ばかり言っていたことを覚えています。

私には誕生日がふたつあります。
戸籍の誕生日と生まれた日。
12星座でいうと別々なので嫌な思いをしたことを覚えています。

性格は本当に生まれた日が合うような気がしているました。
一方で戸籍の誕生日の星座でも合っている気がしていました。
このころから、あまり占いに対する不信感が増えた気がします。

中学では軟式テニスに入っていました。
高校も軟式テニスをやって真っ黒になっていました。
高校を卒業したらすぐに就職するつもりだったので、
工業系の学科で学び、そのまま地元の会社に就職しました。

20代

1993年、職場内結婚
2009年、勤めていた会社は早期退職する
私の仕事はCADを使いスマートフォンなどの電気機器に入っている
臓部の基板を設計していました。

30代

2010年、同じ職場の上司が起業した会社で
同じ設計業務を継続した。
ときには海外の製造現場で設計した製品の
状態を確認することもあった。
海外の工場の認定のような仕事も関わった。

2011年、東日本大震災がある。
この後、強烈に生きることがつらくなっていく。

2012年、悩みすぎて、用事を作って何度か家出をする。

生き方についてセミナーに通ってせっせと勉強する。
セミナーの帰りに離婚を決意。その年の11月離婚をする。
2013年、地元から離れて神奈川県小田原市で暮らす。
会社を辞めて、今までいた会社でアルバイトという名目で仕事を継続する。
どうして小田原かって?それは住みたいと思ったから、ただそれだけだった。

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2014年、夏、兼ねてから夢ノート通りに
アメリカアリゾナ州のセドナに行きました。
ここでアメリカ人にタロット占いをしてもらい
自分がやりたいことが明確になったのです。
同年12月、設計の仕事を辞める。辞めた理由は
「他にやりたいことがあるから」

既に42歳です。やりたくないと思った仕事は無理にやる必要はないだろう。
人生の半分が終わったのだからと思いました。

今の私に何も失うものは無い。
・設計の仕事はやりたい人が他にも沢山いる、その人たちに任せればいい。
その方がみんな幸せです。

そう気づいたから辞めました。

 

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